調査報道とフェイクニュース その1

調査報道には機密リークとカネが要る
そして肝心な記者の取材力は?

 ワシントン・ポストの記者コスト
 ワシントン・ポストの社主キャサリン・グラハムを主役にした新作映画「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」を観た。監督スティーヴン・スピルバーグが、それまで手掛けていた他の作品も置いてこの映画を先に完成させたという。気に入らないマスコミをフェイクニュースとして攻撃するトランプ大統領への批判が、そこにある。

 スピルバーグがこの映画で今一度注目させたかったのが、権力を監視する新聞をはじめとする報道の存在の重さだったと思う。そしてそのコアは調査報道だ。しかし今、フェイクユースの氾濫と調査報道の衰退が世界的な趨勢ではないか。こう危惧するのは当方だけでないはずだ。かつて取材の現場を経験した者として、内側から見た調査報道の実像、難しさを書き記してみたい。

 キャサリンを演じたメリル・ストリープのほか、ワシントンポスト編集主幹ベン・ブラッドリー役がトム・ハンクスだった。スピルバーグ監督を含めアカデミー賞受賞のベテランで固めたこの作品は、演技、映像とも見応えがあった。
 その中で、当方が思わず映画館の暗闇の中でメモをしたのがメリル・ストリープ、つまりキャサリン・グラハム社主のつぶやきだった。

 優秀な記者を引き抜きたいと、グラハムとブラッドリーが話し合うのだが、そこでゲラハムがこうもらす。「300万ドルあれば25人の記者が雇えるわね」。

 再現されたこの場はニューヨークタイムズがペンタゴン・ペーパーズをスクープした1971年6月の直前のはずである。同年8月ニクソンショックがあり、それまで1ドル360円の固定相場だった為替レートが年末は320円台まで落ち、その後下降の一途になる。しかしキャサリンの発言当時は1ドル360円弱のはずだ。となると300万ドルとはざっと10億8千万円。記者一人の雇用に4320万円かかると社主は計算したのだ。
 当時、ワシントンポストはまだローカル紙だが、その評価は高まりつつあり、他紙に比べれば記者職は高給を得ていたはずである。給与のほかの福利厚生や記者の取材費、活動資金を顧慮すれば、記者一人当たりの会社負担はそれ位の額になるかもしれない。とにかく取材の質を上げるには、カネがかかる。このやり取りに、当方は大いに納得した。

 巷のジャーナリズム論議では、すぐ調査報道の必要性やあり方が対象になる。 しかしその調査報道が成立するには、まさにキャサリン・グラハムのいうカネが前提になるのだ。そして調査報道はコストと同時に、下手をすれば会社を崩壊しかねないリスクも伴う。

 映画でも紹介されているが、ペンタゴン・ペーパーズをスクープしたニューヨークタイムズは、ニクソンによって国家機密の情報漏えいを犯したとして刊行の差し止め請求を提訴される。

 ワシントンポストが後追い報道をすれば、国家機密漏えいの共謀として刑事訴追を受ける危険性は大きい。経営基盤の安定のために、当時まだ株式上場をしたばかりのワシントンポストだった。グラハム社主は、取締役、金融機関、そして顧問弁護士からも掲載の取りやめを示唆される。しかし映画ではグラハムはこんな言葉を残し掲載を決断する。「自由で制限のない報道という存在が唯一、政府がついた嘘や欺瞞を効果的に暴くことができる」。

 金食い虫のスクープ

 話を国内に移す。
 調査報道という視点を国内に向けてみる。現場といってもささやかなものだが、著者はかつてその一端に属したことがある。その分野に居た者として「調査報道」のモデルとして思い浮かべるのは、朝日新聞のリクルート報道と今回の森友・加計学園報道だ。

 1988年に朝日がスクープしたリクルート事件報道は、もう大方の記憶の彼方のニュースだと思う。われらブンヤ稼業をしていたものは、当時この調査報道の端緒を作ったのが、朝日新聞の横浜支局だったことに驚いた。支局はいわば新聞社の新入り記者養成所で、ベテラン事件記者はほとんどいない。

 江副浩正クルート社元会長が撒いたリクルートコスモスの未公開株に絡み、川崎市助役に収賄の疑いのあることを公にしたスクープだった。まだ事件取材に慣れない支局員を采配し、本社事件記者顔負けの取材力を発揮させたのが、当時の山本博支局次長だった。やがて本社記者も動員し、政界、財界、マスコミのトップクラスの疑惑を次々に明らかにした朝日新聞だったが、なぜか新聞業界トップの顕彰制度である日本新聞協会賞が取れなかった。

 この背景には競合他社の牽制があったが、これはまたの機会にする。朝日新聞内部そして過去の経過を知るものは、今回こそ調査報道の典型としての協会賞受賞を期待するだろう。

 この森友学園問題は、国有地売却の疑惑を解くために豊中市議が情報公開を求めて問題提起をし、それにこたえるように問題点を取材報道したのが2017年2月の朝日新聞紙面だとも言われている。おそらく同社大阪社会部が担当し、18年3月の財務省文書改竄のスクープまで、何十人もの朝日新聞記者が関与しているはずである。
 このような長期取材が必要な取材対象については、専従チームが組まれるはずだ。先ほど数十人と書いたが、そのうち継続担当する専従記者は、経済的にも人的にも余裕のある朝日新聞社でも10人以内ではないだろうか。

 冒頭の記者の雇用コストに話が戻るが、米国ほどの高給ではないといえ、国内では最高ランクの報酬体系の朝日新聞社の記者を仮に10人、1年間専従させるには、恐らく人件費だけで1億数千万円、それに取材費を加え、さらに会社としての福利厚生費などを計算すれば2億円近くかかるのではないか。そこに応援部隊もいれれば数億円をかけた総経費がいるはずである。

 調査報道は金食い虫で、マスコミ経営の足しにはならない。これが当方のささやかな実感でもある。

 ある疑惑事件で、デスクだった当方含め6人の取材チームを組んで4か月余り取材を続けたことがある。この経費計算は、カネがかかり過ぎるという編集総務長への弁明、担当記者連中への注意のために始めた。

 関係者の自宅の夜回りや朝駆け取材、それに出張取材も加えた経費をまとめ、それに6人の期間中の人件費を加え、掲載された原稿の文字数で計算してみた。いまから四半世紀余り前の話だが、新聞の1文字について約3千円、つまり13字1行の新聞では、記事の1行当たりの取材コストで4万円近く。ちなみに、一人当たりのひと月のタクシー代が40万台から80万円台と最大の経費だった。

 現場記者は取材と執筆で極端な睡眠不足になる。取材先への行きかえり、また対象者の帰宅待ちのタクシー内が記者にとり貴重な睡眠スペースになる。疲労しきったスタッフの顔を見ると、使い過ぎと文句も言えなかった。

 本来は会社の負担する福利厚生、固定費などの担当記者分担金も加えなければならず、掲載原稿量当たりの総コスト1行4万円を超えていただろう。
いわゆる調査報道がいかに金食い虫であるか、少しはわかっていただけると思う。

 そして悲しいことに調査報道のスクープで部数が大幅に増えたという話は聞かない。長年新聞社にいて、特ダネで部数は何万部も増えました、とは聞いたことがない。特ダネと販売購読部数の相関関係を調べた販売局もないはずだ。

 ゆえに調査報道の拡大は、経営基盤の安定しない新聞社のボードにとって必ずしも歓迎するものではない、というのが定説だった。

 テレビ局も同様に、ニュース報道取材はカネがかかるばかりとの嘆きを、役員から幾度も聞いたことがある。
要は、現状では報道機関に経済的な余裕がなければ、インパクトのある組織的な調査報道はほとんど不可能なのだ。

 この項続く

調査報道とフェイクニュース その2

 ハングリースポーツ

   調査報道の実現に欠かせないカネの話をその1で紹介してきた。しかし取材経費より重要な前提条件は、やはり担当記者の取材力、編集力だ。

 調査報道担当には、事件・司法記者あがりが多い。
 かつて朝日新聞社の警視庁など事件持ち場は、「外様記者」で支えられていると言われたことがある。大方の競合他社はどの持ち場でも朝日より記者数が少なく、それゆえ仕事が多く、給料も数十パーセント低い賃金で耐えていた。
 朝日はその競合他社の記者を引き抜いて、事件記者を陣立てしていると言われた。産経や毎日、そのほか地方紙の有能記者がスカウトされた。前回紹介したリクルート事件をスクープした横浜支局次長の山本記者も、北海道新聞からの引き抜きだった。警視庁や検察庁になど、厳しい取材競争を強いられる現場の朝日記者は、他社からの転向組が多かった。

 警察や検察庁の取材現場は、常に事件を抱え、その捜査経過を取材しながら朝刊、夕刊と特ダネの抜き合いをする。負けが重なり、ストレスで身体に変調を来す者もある。私が現場にいたころ、検察担当になって十日余りで胃潰瘍になり出血、職場替えになった仲間もいた。

 体はもったとしても、数か月あるいは半年も他社に特ダネを抜かれまくれば他の取材セクションか地方支局に飛ばされる。

 この“ハングリースポーツ”ともいえる取材合戦の中で、あらゆる手段を使って取材相手に食い込み、取ったネタの重要性、信頼性を値踏みし、できる限りの裏付けをして記事にまとめる。対象への粘り強いアプローチで取材の壁を越えることを体得した調査報道向けの事件記者が、こうして育っていた時代だったと思う。そして安い給料、少ない人員など劣悪な環境で育った記者ほど、ハードな取材戦に生きのこるすべを養ったともいえる。それが先ほどの外様記者を生む土壌だった。

 また映画の話に戻る。

 前回紹介したペンタゴン・ペーパーズが公開される一か月ほど前、別の映画「ザ・シークレットマン」が封切られた。監督は自ら報道記者、従軍記者を経験したピーター・ランデズマンだ。

 この作品は「ペンタゴン・ペーパーズ」の最後のシーンに描かれていたウォーターゲート事件が舞台だ。この事件の調査報道の主要メンバーの一人、ワシントンポストの記者ボブ・ウッドワードらに極秘情報を与えていた内部情報漏えい者、この事件で名づけられたディープ・スロートを主役にしたものだ。つまり1976年制作で大ヒットしたアカデミー賞受賞映画「大統領の陰謀」を、密告者側から捉えたウォーターゲート事件が映画化されている。

 この映画は、調査報道のもう一つの大切な要素を教えてくれる。

 調査報道とは、別な視点からすれば内部通報者、告発者の支援を受けた報道ともいえる。後ほどもう一度触れるが、忘れてならないのは輝かしいペンタゴン・ペーパーズやウォーターゲート報道も、内部情報提供者、漏えい者、いわゆる「ディープ・スロート」という匿名の協力者がいて初めて実現したものだと言うことだ。
それに記者の取材力が対応できたとき、スクープは生まれる。

 ウォーターゲート事件のディープ・スロートは誰か。
 1972年6月の事件発生から33年後の2005年5月、その主が名乗り出た。事件発生からニクソンの辞任まで米国の連邦捜査局(FBI)のNO2副長官だったマーク・フェルトだった。彼は、FBIの創設以来の長官で秘密情報によって歴代の大統領さえ操ったといわれるジョン・エドガー・フーバーに長年仕えた。
 謹厳実直かつ敏腕な官吏だったフェルトが、なぜFBIの捜査記録という最高機密をワシントンポストのウッドワードに漏らしたのか。FBIのウォーターゲート事件捜査への大統領府の妨害や、自身の長官昇進の見送りなど、フェルト側の動機を映画でたどることができる。ただ、この映画でも判明しないのが、そのような信頼関係をウッドワードがどう築いたかだ。

 人間懐柔力

 フェルトとウッドワードの出会いは、ウォーターゲート事件の3年ほど前に遡る。
 1969年から70年,ウッドワードは海軍大尉で国務省勤務だった。重要書類を運ぶ伝書使いとしてホワイトハウスにも出入りした。ある日国家安全保障会議幹部も執務室の待合で、彼は「人の上に立つ人間」と観た男の横に座る。その同席しただけの短い時間のうちに、ウッドワードは自己紹介から、今後の自分の進路についてまでその男に相談をする。その男が「秘密の世界の中枢にいる」と読み取り、「興味津々でよだれを流さんばかりに身を乗り出して話した」とウッドワード自身が書き記している。その男がフェルトだった。

 そして以後、ウッドワードはフェルトにしばしば電話をし、会い、やがてはフェルトの自宅にまで押し掛けるようになる。その後新聞記者になりたての時代も、フェルトにアドバイスを求めているのだ。

 一度の出会いで、相手が役立つと思ったら、逃さず食い込み、太い情報パイプを作ってしまう。ウッドワードの天性の才能のようなこの人間懐柔力に驚く。

 この出会いも含め、ウッドワードとフェルトのやり取りは、最高レベルの機密を取材する難しさ、厳しさを教えてくれる。特にウォーターゲート事件の展開中は、ニクソン大統領府やCIAなどの監視と追及、妨害工作で、取材は幾度も頓挫しかける。そのリスキーな環境下で、極めて周到な連絡を続ける緊迫した二人の姿は、ウッドワードがまとめた「ディープ・スロート 大統領を葬った男」(文藝春秋刊)にビビッドに記録されている。そして先の出会いも含め、ウッドワードが若くして人の洞察力に秀で、また相手にも信頼される誠実な人間であったこともわかる。
 先の著作の中には、ウッドワードの相方のカール・バーンスタインも登場するが、地方検事や政府関係者などから秘密情報をつかんでくるその取材力も素晴らしい。

 ここで記者の適性について考えてみたい。
 調査報道の大方の取材対象は、政府や官庁、大企業などのブラックな機密事項だ。権力や財力が、その周囲に取材を許さない極めて厚い保秘の壁を築いている。踏み込んで調査しなければ、決して公にされないネタが対象だ。なんの調査特権も持たない記者は、そこに自分の意志、気力、体力だけで切り込まなければならない。

 調査報道の記者は大抵は最初取材相手に嫌われる、拒否される。その壁には気力や体力だけでは通用しないことも多い。
 経験から言えば、最初は嫌われようと最後には相手に受け入れられ、信頼される、そこにまで持ち込む力、こなれていない言葉だが「人間力」が欠かせないのだ。人間力とはいささかあいまいな表現だが、記者の性格、姿勢、そのうえで築かれる対話能力、そんな総合力をここでは意味している。IQとは違う、EQ(情動の知能指数)の要素が重きを置く適性だ。

 取材先にひと月近く毎晩のように記者を行かせても、何の情報も取れない相手がいた。それが担当記者を変えた途端、2度目の取材で核心のネタを確認できたことがある。先に通っていたのはいわゆる事件に強い記者であり、後詰は科学部からの異動組だった。調査報道の記者は事件畑育ちだけでは限界がある、と教えられた。

 このように難しい対象の取材に、記者の誰もが対応できるわけではない。これも経験則だが、記者が10人にて、先ほどの壁をなんとか乗り越えられる記者は1人か2人。もっと少ないかもしれない。断っておくが、調査報道にあたる記者が優れ、他が劣っているというのではない。適性の有無をいうのだ。調査報道だけでなく、新聞にはほかにも多様な適性を必要とする部門がいくらでもある。

 この項続く

調査報道とフェイクニュース その3

 調査報道の醍醐味 朝日新聞の報道から

 教科書的に言えば、調査報道は権力監視に欠かせない部門であり、民主主義を支える報道の主たる役割の一つだ。その取材の実態は極めて高コストであり、また厳しい取材環境に耐えられる記者の存在が欠かせない。
 一方取材する側から見ると、これほど手ごたえのある仕事もまたない。調査報道の内側が、報道と同時に表に出ることはあまりないが、紙面だけでも十分その緊張感は読み取れる。

 例えば今回の森友学園関連で財務省の決裁文書介在問題のスクープ記事を見てみる。
 第一報の3月2日付朝日新聞朝刊の一面は、トップに凸版見出しで「森友文書書き換えの疑い」と打ち、縦見出しで「財務省、問題発覚後か」と掲げた。

 朝日は改竄された財務省決算文書を入手し、それと前年に開示、公開された同じ決裁文書を綿密に比較し、改竄を確認しただろう。さらに関係者に裏付けし、改竄を確信したはずだ。そのうえでまとめられたはずの記事だが、横凸版の見出しでは「疑い」とし、縦見出しでは、書き直しは「発覚後か」と断定を避けた。関係記事はナシ。一面の本文のみで切り込んだ感じだ。

 当初「疑い」としたこの記事は、「朝日新聞VS安倍首相、朝日の社長の首が飛ぶか」などとネットでも騒がれた。慰安婦問題以降、朝日新聞への攻撃が目立っていただけに、確かに万が一、改竄が誤報になれば朝日の信用失墜は取り返しがつかなくなる。
 朝日新聞社は、グループとして4000億円を超す売り上げで経常利益が約150億円、純資産3300億円余り(いずれも2016年度)と、まだまだ業界内では安定した経営基盤を持つ。豊富な不動産収入になどに支えられるこの新聞社が、経営的にすぐ破たんすることはない。しかし新聞社の「信頼」はその存在の根幹であり、誤報であれば社長は引責辞任を求められ、600万部ともいわれる部数も大きく減るだろう。

 第一報の記事は情報の出所を示さず、開示済みの文書との細かな比較を抑えている。むろん入手したとみられる未開示決済文書のカット写真もない。
 改竄は、安倍昭恵総理夫人や政治家など関与した人物名を削除し、交渉経過の一部なども省いており、書き換えは310か所になると後の報道で明らかにされた。

 この未開示文書のポイントとなる事実を、敢えて2日のスクープ時の紙面で掲載を控えた背景もいろいろ考えさせられる。「文書の起案日、決済完了日、番号が同じでともに決済印が押してある」とは第一報で表記しているが、これだけで改竄文書と断定できるわけでなく、渡辺雅隆社長の首がかかった記事を公表できるはずもない。入手先とは別の関係者への裏打ち取材や、他の関係機関関係者からの確認もしているはずだ。

 その上で、極めて抑制の効いた内容を第一報にした。この抑制には、ネタ元、改竄文書提供先への配慮もあったかもしれない。
 しかしもし財務省が全否定するならば、具体的な改竄部分を連日小出しにして紙面をつなぐ。そして最後には改竄を認める関係者証言でダメ押しをする。そんな展開戦略もあっただろう。

 矢面に立つ財務省は、朝日新聞の取材先を必死に探り、どこまで掴んでいるか確認を急いだはずだ。その結果が1週間後の元財務省理財局長の佐川国税庁長官の突然の辞任であり、12日の財務省理財局の書き換え謝罪となる。この財務省の慌てた対応ぶり、急速な展開は、そこまで追い込んだ今回の朝日新聞の調査報道の信頼性や手堅さを証明しているといっていい。

 滑稽な現象だが、3月11日朝刊で朝日を除く読売、毎日、産経、日経の各紙はいずれも一面で「森友文書書き換え認める」とトップニュース扱い(日経のみ4段見出し扱い)で報じた。ところが朝日はこのニュースがなく、翌日国会報告当日の12日朝刊で伝えた。
 これを「朝日の特オチだ」とはしゃいだ競合紙幹部がいた。しかし実情は朝日への追いかけ取材に来た各紙記者に、財務省か政府関係者が意図的に朝日抜きでリークしたのではないか。不祥事などをスクープされて追い込まれた関係者が、その特ダネを抜いた社の記者だけ外し、処分などの重要情報を抜かれた他社にリークし担当記者の顔を立てる、というのは、業界ではしばしばあったいじましい慣行だ。

 朝日新聞は4月10日朝刊で、加計学園問題で愛媛県文書に獣医学部新設が首相案件だと首相秘書官が述べたという記録がある、との新たなスクープを掲載した。安倍首相、官邸が前面に出てきたこれも大きなインパクトのある特ダネだ。当の元秘書官の全面否定になっているが、今回こそ他紙も積極的に参加し、事実確認と全容解明に調査報道を進めてほしい。

 そして今回の森友・加計学園をきっかけに、インパクトのある調査報道の広まりに期待したい。難しい取材対象に果敢に踏み込み、丁寧かつ厳密な事実確認をしたうえでの報道の持つ力、重要性を多くの人が気づけば、フェイクニュースなど隅に追いやられていくはずだ

 

ディープ・スロート 内部通報者の大切さ

  調査報道にはカネがかかる。そしてその展開には適性のある記者が欠かせない。そしてもう一つ欠かせないのが、不正などに気付き、それを告発しようとする内部通報者=ディープ・スロートの存在だ。

 先ほど紹介したが、FBI副長官のマーク・フェルトの情報提供、示唆がなければ、世紀の大スクープ、ウォーターゲート事件解明はなかったはずだ。そしてペンタゴン・ペーパーズのダニエル・エルズバーグ。最近ではNSA(米国国家安全保障局)などによる個人情報収集の手口を告発したことで知られるエドワード・スノーデンがいる。いずれも政府や関係機関の権力の暴走を食い止めるために、自分の職、人生をも賭してジャーナリズムへの機密提供を決断した。

 告発したいと考えても、それを受け止め公表し、改革まで結び付けてくれる窓口がなくては、告発、通報の実行は難しい。その窓口としての信頼性、実力が報道機関に求められる。

 ネタの性格に違いはあるが、スキャンダル情報が週刊文春、新潮に集中するのも、同週刊誌にはそれなりの取材力があり、記事として公表し、一定の影響力を発揮するという実力を持っていると世間が認めているからだ。いわばこの「週刊誌的信頼性」は財務省事務次官のセクハラ問題でも活用されたのだ。
 社会的不正行為、事案に対して それを調査報道し、改革の動きにまで展開しうるという信頼性。それを報道機関は求められている

 またそのような調査報道が実現していけば、また告発する人を支援し、また不正を見過ごさないという社会の風土を育てていくはずだ。 

 この項続く

調査報道とフェイクニュース その4 了

 顔を見ない記者たち

 調査報道に多大なコストがかかることは前回までに示した。そして次に調査報道にあたる記者の適性についても少し紹介した。この記者の資質について補足したいのは、昨今の記者の取材スタイルである。

 テレビなどで観る記者会見の光景を思い起こしてほしい。
 昨今の政治家、官僚、企業幹部の記者会見では、ほとんどの記者が必死にノートパソコンのキーボードを叩いている。ぶら下がり取材という対象者との立ったままの取材でも、記者はスマホやICコーダーを相手に向けている。

 昔の記者もたまに録音機を使ったが、いつもは先輩記者から録音器具を使うな、メモばかり取るなと叱られた。
 録音機を向ければ、相手はホンネを話しづらくなる。もっと大事なことは、録音やメモに頼ると、話す相手の表情を読み取ることがおろそかになる。 人間を見る目が育たない。例え相手がNOといっても、その言葉遣い、表情からYESと読み取ることができなければならない。YESとNOの間、デジタルで言えば0と1で判定できない、割り切れない隙。そこに人の真意を読み取って取材の確証を掴んでいく。この取材能力の大切さが、かつては先輩から後輩に受け継がれていた。

 現代の記者にはネットの検索能力も大切なのだろう。また情報公開法の利用技術も欠かせない。しかしそのようなシステム的に集められた情報の信頼性を裏付ける最後の手段は、やはり関係者の証言、リークであり、その正否を見抜く取材記者の能力なのだと思う。調査報道には、この取材力が欠かせない。

 保秘の壁を張り巡らす相手でも、真意を見抜きその懐に入っていく。そんな記者を育てるシステム的な方法はなかなか作りえない。やはり記者は現場で事件に揉まれ、多様な取材対象、人々に取材しながら教えられるしかない。各紙のかつての著名記者は、やはり優秀な先輩、ライバルを持ち、厳しい事件に遭遇し、その中で育ったといっていい。限られたセクションで有力な記者が輩出する時期がどこの社にもあったはずだ。

現場、事件が記者を育てる

 事件とライバルが記者を育てる。一つ事例を挙げておきたい。
 昨年17年11月に亡くなった原寿雄氏と斎藤茂男氏(1928~1999)、ともに共同通信の記者だった2人の歩みだ。
 1952年大分県直入郡菅生村の駐在所を共産党員が爆破したとされた菅生事件が起きた。しかし真犯人は現職警察官ではないかとの疑惑が沸いた。逃亡して東京都内に潜むその警察官の居所を、二人は突き止めて本人取材し、犯行を裏付けることに成功した。このスクープは二人の連携取材の成果であり、その後の調査取材の原点とも称される。
 
 以降、原氏は報道の自由の大切さを訴え、発表ジャーナリズムの危険性を指摘し続けた。また斎藤氏は戦後日本の家族や教育現場の崩壊を数々のルポルタージュで残し、圧巻の取材力を発揮した。共同で取材した二人は、その後はある意味ライバルとしてそれぞれに大きな働きを残した。 
 

 最近は原氏に比べ、斎藤氏の評価が少ないと思い、蛇足だが一つのエピソードを紹介したい。

記者嫌い?寂聴さんが誉めた記者

  斎藤氏はかつての再審無罪事件、徳島ラジオ商殺害事件(1985年再審無罪判決)でも大きな役割を果たしている。それを教えてくれたのは瀬戸内寂聴さんだ。
 瀬戸内さんは、ラジオ商の夫を殺害したとの冤罪を受けた冨士茂子さんの支援を続けていた。徳島地裁での再審裁判の判決が迫った当時、瀬戸内さんに判決評価を書いていただくよう、前もって京都の寂庵にお願いに行ったことがある。
 挨拶でいきなり「私は記者ってあまり好きじゃないのよ」と言われ怯んだ。しかしすぐ笑顔で「でもその見方を変えたのが斎藤さんよ」と話してくれた。

 徳島ラジオ商殺害事件は1953年に発生した電気店店主の殺害事件で、内縁の妻、冨士茂子さんが実行犯として13年の懲役判決を受けた。有罪の根拠となった店員の目撃の偽証を訴えたのは茂子さんの姉弟などだが、当時のマスコミは注目しなかった。弟は東京の司法記者クラブまで出向いて無実を訴えた。大半の記者が関心を見せなかったが、その中で唯一本格的に取材を始めたのが斎藤氏だった、と瀬戸内さんが教えてくれた。
 
 東京から徳島まで斎藤記者は何度も通ったという。
 私も教育現場取材で斎藤記者と出会い、そのブルドーザーのような取材力に圧倒された経験があった。しかし連日大事件の判決、訴訟が続く東京の司法担当で、その多忙の合間を縫って四国まで調査に幾度も出向く。そこまで粘り強い取材を続けていた斎藤さんの姿に、また教えられた。

 その斎藤さんにある会合で出会ったときの言葉がある。齊藤さんは菅生事件で原さんと組めたことが大きな励みになったと振り返りながら、「記者は事件で育てられるのだ」との言葉を残した。

 共同通信は、数々の優秀な記者、作家を生み出している。そこに原と斎藤、二人の足跡が大きな影響を与えていると思うのは当方だけではないはずだ。

 魑魅魍魎のような人間が絡みあう事件の事実を解きほどいていく。それが記者を育てる。人に会い、ぶつかり、保秘の壁を乗り越え、信頼関係さえも生む。調査報道はその人間的取材力を求め、育てていく。

 安倍内閣は第二次内閣発足以来5年を超え、昭和の時代以降、佐藤、吉田に次ぐ長期政権になった。評価は別にして、株価は上昇し、対外政策でも一定の実績を挙げつつある。それゆえに、今回の森友・加計学園問題につき、マスコミが騒ぎすぎる、という批判もある。

 確かに国有地売却、獣医学大学建設の事業は国政レベルから言えば、些末かもしれない。しかし仮に些末だとしても、そこに安倍首相の意向、あるいは指示があり、行政のルールが破られたとしたら、そのこと自体が公正な行政の崩壊になる。そしてその隠ぺいは、国会の存続を危うくする。総理の指示、意向を隠すものがまさにフェイクニュースであり、その意味で今回はフェイクニュースと調査報道の勝負ともいえる。

 今回の森友・加計学園問題の報道を機会に、フェイクニュース論議より、インパクトのある調査報道に関心が集まり、広まることを期待したい。難しい取材対象に果敢に踏み込み、丁寧かつ厳密な事実確認をしたうえでの報道の持つ力、重要性を多くの人が気づけば、フェイクニュースなど隅に追いやられていくはずだ

 今回は、報道機関における調査報道につき思いつくことを書き記したが、調査報道は組織に属さないとできないものではない。内閣総理大臣田中角栄を失墜させた立花隆にはじまり、政府、官庁、大企業、警察、検察などの不祥事を暴いたフリーのジャーナリストも多い。

 またネットの普及とともに、傍聴、監視など権力による市民の権利侵害が増えた。それに対抗するかのようにビッグデータなどネット情報を使った調査報道など、新しい潮流もある。

 話しがあちこちに飛んだが、今回の朝日新聞のスクープを機会に、ぜひ若い人々に調査報道の重要性を見直してほしい。そしてその取材の大切さを知ると同時に、挑戦するに値するエキサイティングでかつ意義のある仕事であることを知ってほしい。

 冒頭に調査報道には金がかかると書いたが、その構造をどう改革できるか。調査報道に関わる記者をどう増やし、育てるか。この面でも今後考えをまとめてみたいが、みなさんの提案、指導がいただければ幸いだ。

この項 了