新聞のブラックボックス その2

  経営基盤の強化のために 

選択と集中
印刷と出版の切り離し

 新聞社の経営改善のためには、まず「業種の百貨店」ともいわれた編集制作、印刷、配送とその関連事業という多様な業務の見直しだろう。業務の選択と集中だ。

    新聞社はこれまでも一部業種の別会社化を進めてきてはいる。
各社が取り組んだのが印刷部門の分社化だ。かつて新聞社の輪転印刷機は本社の地下に設営することが多かった。輪転機が稼働できなければ、新聞の発行はできない。昭和の敗戦以前から、新聞社が恐れたのは外部からの印刷工場侵入と稼働差し止めだった。それゆえに土地代の高い都心の本社だが、地下に大型輪転機を並べた。
 敗戦直後、朝日、読売、毎日はいずれも東京の有楽町に本社を置き、その地下に多くの輪転機を置いていた。それゆえ夜の印刷作業の休み時間になると、インクの匂いのする作業服の印刷工たちが、その界隈にあふれたという。

 しかし印刷ページの増加とカラー化もすすみ、本社工場は手狭になる。各社は本社の輪転機を新聞配送に便利な都市周辺に移し、サテライト工場として配置していった。しかし高速の大型輪転機を備えた新工場は、いずれも一か所で数十億円から百億円を超す大型設備投資になり、新聞社経営を圧迫する要因になった。そして各社は印刷コストを抑えるために、別会社化を進めていく。

 2000年以降、減っていく自社の新聞印刷への対応策として外部の業界紙などを受注し、商業印刷の取り込みで一定の成果を上げる工場もあった。ただ新聞用の大型高速印刷機は、業界紙などには対応できるが汎用性が少なく、新聞形態の印刷物の減少とともに収益は衰退していかざるを得ない。それが新聞社の印刷工場の別会社化を加速させている。

 出版の別会社化も全国紙の多くが進めてきている。
 出版局が新聞社のドル箱だった時代がある。週刊朝日とサンデー毎日の創刊はともに1922年。新聞が大きく部数を伸ばす大正時代に始まり、戦後は1950年代末にともに150万部を超える記録を残している。この大部数や新聞社の情報を生かした年鑑、あるいは豪華本の刊行で出版部門が本社経営を支えた。しかし出版不況が深まった今世紀以降は、各社とも出版部門の恒常的な赤字を抱え始めた。

 その中で読売新聞社は中央公論社を1999年に支援し、中央公論新社としてグループ子会社化、本社の出版事業を移した。朝日新聞社も2007年に朝日新聞出版を設立。日経、毎日、産経も別会社化を実行した。

 別会社化の狙いは、本社の高賃金体系からの切り離しであり、新聞本社への依存体質の改善、生産性の向上にある。そして出版の別会社化は一定の成果を上げ、各社の出版事業が収益赤字で本社経営の足かせだった時代を抜けつつある。ただデジタル化の波はここにも押し寄せており、各社ともネット時代に適応する出版編集を模索中といえる。

可能性を残した事業

 あまり注目されることがないが、新聞社の文化・スポーツ事業は長年にわたりノウハウを蓄積しており、対外的な信頼性は大きな財産になっている。
 大型の美術展などのイベントを新聞社が主催できるのは、国内外における新聞社のブランドイメージ、信頼性が大きい。国内の美術館や博物館との共催、あるいは海外の主要な美術館からの作品の借り出しができるのは、現在も全国紙と主要放送局だ。
 また最近は映画興行への参加も増えてきた。事業の興行にあたっては、自ら紙面でその宣伝媒体となれるということが強みでもある。

 他に新聞社事業で目立つのは、高校野球やプロ野球がある。公益社団法人高校野球連盟との共催でもあり、高校野球で新聞社が大きな収益を上げているとは思えない。プロ野球にしても、読売巨人軍の試合チェットが有力な読者獲得ツールだった時代は終わっているようだ。

 長年の事業展開で「新聞」と「文化」「スポーツ」は親和性が高い。それをもとに全国紙も地方紙も文化・スポーツ事業の顕彰制度を多く持っている。直接的に収益に結びついてはいないものが大半だが、新聞社のブランド構築には役立っているといえるだろう。

 その「文化」を看板に各社の文化センターやカルチャーセンターが各地に目立ったのは1980年代以降だった。
 産経や毎日などの文化教室は1950年代から始まる。その後「生涯教育」が標榜され、新聞社がそのブランドを背景に全国に文化、趣味教室を開設し一時代を作った。
 その後地方自治体などが低価格の文化教室を運営し始め、新聞社系のセンターへの参加者はピークアウトした。
 しかし高齢化の進展ともに、この事業への需要が減少することはないはずだ。新聞社ゆえに選択、登用できる講師をアピールするなど、差別化ができれば、まだ有望な関連事業となる
 新聞というブランドを使っての文化事業は、教育分野などまだまだ新たな市場が残されているのではないか。

 以上別会社化と事業の改革、市場拡大は、いずれも成功すれば本社の収益を支える、あるいは悪化を防ぐレベルのものであり、やはり新聞事業本体の改革、再構築が避けられない。

この項続く