取材過程の報道とは

 取材過程報道の持つ意味

 新聞は取材過程を明らかにしない、という批判がある。しかし新聞紙というニュース媒体は紙数が限られており、その過程を載せるスペースがなく、それゆえにその取材過程も情報だという視点が生まれなかった。

 しかしフェイクニュースの氾濫に対処するためにも、ニュースの取材過程の公表は有用だ。公表される取材過程が信頼できるものであれば、まとめられた記事、映像の情報が事実であることの有力な証左になる。またその過程の伝達は新たな情報を加えることになる。
 これは捜査機関が、その取り調べ過程を映像に残し、公表することによって、捜査の信頼性を確保するのと同じでもある。

 取材過程こそ見落とされているニュースだと感じていたのは、当方が事件現場を回っていた30年ほど前からだ。
 事件の当事者宅に取材に出かける。玄関で何度もインターホンを押す。しかし相手は出てこない。新聞では相手に会い取材できなければ、1行の記事にさえならない。

 しかしテレビの映像だと、それは豊かな情報を伝えるのだ。何度押しても返事のないインターホンは、家主の頑なな拒否姿勢をしっかり伝える。また窓のカーテンの隙間の明かりも、報道機関を拒絶する家人の情報になりえる。そして家の構えは、その対象者の暮らしぶり、経済力も視聴者に教えるのだ。

 テレビという情報媒体、そのユーザーインターフェイスが情報の幅を広げた。
 パソコンから携帯電話、そしてスマートホンと媒体は進展し、その運ぶ情報も対象、質も変わっている。
 テキストに音声、映像と、伝える情報の種類を拡大し、しかもそれを伝えるツールが各自簡単に持ち運べる、つまり情報入手の場所、方式もどんどん拡大していく。その伝送路やユーザーインターフェイスの大きな変化に対応した情報モデルはまだ完成していない。しかしやがて新聞、ラジオ、テレビ媒体形式に変わる次の世代の情報伝達パターンが完成し、ニュースの世界はさらに変貌を遂げていくはずだ。そしてその時代には、より多様でかつ精度の高い取材力が求められることになるのだろう。