取材過程の報道とは

 取材過程報道の持つ意味

 新聞は取材過程を明らかにしない、という批判がある。しかし新聞紙というニュース媒体は紙数が限られており、その過程を載せるスペースがなく、それゆえにその取材過程も情報だという視点が生まれなかった。

 しかしフェイクニュースの氾濫に対処するためにも、ニュースの取材過程の公表は有用だ。公表される取材過程が信頼できるものであれば、まとめられた記事、映像の情報が事実であることの有力な証左になる。またその過程の伝達は新たな情報を加えることになる。
 これは捜査機関が、その取り調べ過程を映像に残し、公表することによって、捜査の信頼性を確保するのと同じでもある。

 取材過程こそ見落とされているニュースだと感じていたのは、当方が事件現場を回っていた30年ほど前からだ。
 事件の当事者宅に取材に出かける。玄関で何度もインターホンを押す。しかし相手は出てこない。新聞では相手に会い取材できなければ、1行の記事にさえならない。

 しかしテレビの映像だと、それは豊かな情報を伝えるのだ。何度押しても返事のないインターホンは、家主の頑なな拒否姿勢をしっかり伝える。また窓のカーテンの隙間の明かりも、報道機関を拒絶する家人の情報になりえる。そして家の構えは、その対象者の暮らしぶり、経済力も視聴者に教えるのだ。

 テレビという情報媒体、そのユーザーインターフェイスが情報の幅を広げた。
 パソコンから携帯電話、そしてスマートホンと媒体は進展し、その運ぶ情報も対象、質も変わっている。
 テキストに音声、映像と、伝える情報の種類を拡大し、しかもそれを伝えるツールが各自簡単に持ち運べる、つまり情報入手の場所、方式もどんどん拡大していく。その伝送路やユーザーインターフェイスの大きな変化に対応した情報モデルはまだ完成していない。しかしやがて新聞、ラジオ、テレビ媒体形式に変わる次の世代の情報伝達パターンが完成し、ニュースの世界はさらに変貌を遂げていくはずだ。そしてその時代には、より多様でかつ精度の高い取材力が求められることになるのだろう。

新聞の再生のために その1

 ネット時代の新聞記事とは

 別項「新聞のブラックボックス・新聞社の商品管理」などで、現在の紙面掲載記事がどれだけ読まれているか、その閲読状況を把握する必要性を指摘した。それに関連して、新聞が掲載している記事について見直してみたい。

 専門紙は別にして、大方の新聞は情報の百貨店といってもいいほど多様な分野の取材、編集を続けてきた。新聞の総合性は、読者の知的視野を広め、国民の識字率の向上だけでなく、知的関心の拡大などでそれなりに大きな貢献を果たしてきた。

 紙というポータルサイトの特徴を生かし、馴染みにくい政治や経済、科学あるいは文化などをひとまとめにしてあらゆる読者に届ける。このために当初は関心を示さない読者にも、硬派な、少し難しい異分野の情報を目にさせる。新しい分野の情報、知識に目覚める機会をあたえる。この新たな出会い、セレンディピティが新聞の楽しみにもなっていた。そしてこの情報提供のある意味の余分さが、教育文化の振興に貢献してきたといっていい。

ネット社会での新聞が再評価されるために

 そして読者が求める情報以外も一緒に届けるという「余分さ」は、ネット情報の拡大とともに改めてその大切さが再認識されるはずだ。

 ネット情報は、情報のタコツボ化、排他性を生み出す。これは20年余り前のネットの揺籃期にすでに指摘されていた。(キャス・サンスティン「インターネットは民主主義の敵か」など)。

 そして今、ソーシャルメディアや検索サイトの中から購買記録や検索履歴を収集し利用者の好みを把握して提供する、いわゆるリコメンド機能の危険性も生まれている。
 ユーザーは自分に合った情報のみを自動的に提供される。さらにフェイスブックのようなソーシャルメディアであれば、その情報の値打ちは、友達の「いいね」表示などに大きく影響される。このような状況を踏まえ林香里は「ニュースへの信頼の基準は真実か真実でないか、正確かそうでないか、ではなく、発信源が友達側からかどうか、となっていく可能性もある」(「メディアの不信」)と警告している。
 リコメンドされ、友達に承認された情報のみでユーザーが自分の思考、暮らしの空間を作ってい行くことには危うさがともなう。
 自分の好む考え方、価値観、心情、趣味が一致する情報のみをネットで選択し、同じ思考方法の者たちが固まってコミュニケーションを深める。そしてそれが自分並びにグループの優越性という心理も生み出す。サンスティンの予想は現実になり、ヘイトスピーチなど、極端な主張、思考法をネット上に目立たせている。

 林の掲げる「広がりながら閉じていくネット空間」という情報環境を考えると、ネット社会ゆえに今一度、他の情報と出会える新聞という情報モデル、そのコンテンツの再評価がされるべきだと思う。

 ただ新聞のコンテンツの有用性はあっても、それを伝達する媒体、紙をポータルサイトとしたビジネスモデルの衰退は回避できない。
 
 新聞が情報の余分さ、読者の求める以上の情報を提供できた背景には、新聞紙によるビジネスモデルの優秀性があり高い収益が獲得できていたからともいえる。
数百人から千人を超える記者、編集者を雇用できた国内の新聞各社は、配達制度の充実とともに安定した収入を得ることができていた。
 しかし紙を媒体としたビジネスモデルが崩れつつある今、これまで述べてきたように、新聞社の収益が縮小し、従来の総合取材態勢もコスト削減のために見直しが必要となる。

 新聞の時代

 現在の新聞に掲載されている記事を見直すための指標は、一つは速報性と時間をかけた記録、解説、評価という時間軸であり(縦軸)、もう一つは取材対象の見直しという平面的な検証(横軸)になる。今回はこの前段を検討したい。

 国内で各新聞の発行が始まった明治から大正年代、新聞はその時々のニュースを伝える唯一の媒体だった。大正末からラジオが始まったが、その情報量で新聞の王座は揺るがず、一層巨大化した。新聞衰退論がささやかれだしたのは、戦後のテレビの普及からだった。

 しかし昭和の時代まで、テレビ各社のニュースの取材体制は新聞に大きく遅れ、NHKでさえせいぜい全国紙一紙のレベルに達するかどうかだった。
 新聞は編集、印刷、配送のため、速報性に限界がある。その為に大きな事件、事故などの速報性はラジオ、テレビに劣った。しかしその取材体制の厚さゆえ、ニュース媒体の首座を新聞が譲ることはなかった。

 今世紀に入ってのネットの普及は、新聞からその首座を奪いつつある。速報性、そして記録性もネット媒体は持つことができたためだ。音声、映像、テキスト。これまでのラジオ、テレビ、新聞の各媒体の強みのすべてをこなしえるのがネット媒体だ。
 ネットの特徴は、そのニュースの大半が、新聞とテレビから配信されたものであること。つまり新聞もテレビも、自らのコンテンツで読者、視聴者をネットに奪われ自分の首を絞めるという状況に落ち込んでいる。

 競合から共存、差別化へ

 この万能ツールを駆使するネットサイトに対抗するために、朝日新聞社や読売新聞社などは、当初ネットサイトへのニュース提供を拒んだ。それはテレビの創成期時代、自社の所属俳優のテレビ出演を拒否した映画社のようでもあった。
 07年、朝日、読売、日経はコンテンツ事業の共同化を発表、各紙の記事の読み比べるサイト「あらたにす」などを始めたが4年ほどで終了した。
 また共同通信と加盟各紙は、全国ネットの「47NEWS」を設け、加盟社のニュース配信を始めた。しかしこれも地方ネタに強いというコンテンツの強み、独自性を生かせず、地方版まで備えたヤフーなどの専門ネットサイトに大きく水をあけられている。

 このように各社のクローズド戦略は効果を挙げず、今や大半の新聞社が自社のコンテンツをネット専門のニュースサイトに提供している。記事の一部の掲載にとどめるケースもあるが、専門サイトにリンクして自社サイトに読者を呼び込むことが狙いで、共存路線に変わりはない。

 ネットサイトとの共存戦略をとった新聞は、その存続のためにネットニュースとの差別化を図らなければならない。それはネットに提供している自らのニュースとの差別化を求められるという皮肉でもあるが、ネットサイトにコンテンツを売るだけでは、新聞社の編集体制を維持する収益は確保できない。

 速報性の対象とする情報のコア、主要素は5W1Hになる。その要素は取材によって差異が生まれることが少ない。つまりどの社が取材しても大きな違いは出ない。
速報という同じネタの取材にコストをかけても、自社のニュースの差別化にならないとしたら、コスト削減のために外部委託をするという考えになる。
 通信社の利用だ。

 ただ速報を中心に取材編集を一部通信社へ委託するというモデルも、効果を上げるためには課題も多い。
 共同通信の多くの加盟社は地方の新聞社だ。そのため海外や首都圏に情報が集中する政治、経済、外交、そして一部の文化関係を通信社に委託する効果は大きい。
 しかし全国紙レベルには、やはり自社と通信社の取材がクロスし、現状ではその効果は少ない。
 09年に毎日新聞社は共同通信社と業務提携し、取材の相互補完を目指した。速報を共同に、毎日はさらに深い情報を、との目論みだったが、その紙面から見て、共同への取材委託により、毎日新聞の記事に大きな差別化、特徴が生まれたとはまだいいがたい。

速報そして現場

 速報から脱却することの難しさは、速報も解説や評論もいずれも現場を抜きには生まれないことだ。
 読者を納得させる解説をまとめるには、まずはそのニュースの現場の情報が欠かせない。担当記者からすれば、やはり現場も自分の視点で確認することが必要になる。
 現場とは固定的なものばかりではない。事件も政治も経済も、その時々の動きそのものが現場になる。その動きの中にいることが、より的確な新聞ならではの解説や論評を生む。
 そのような関係を肌で知っている記者にとっては、速報から離れろと言われれば、それは現場を離れろという指示に近く、戸惑いを覚えるのではないいか。つまり速報からの脱却は言葉ほど簡単ではないはずだ。
 共同通信社と提携した毎日新聞社の現場でも、その取材区分けと取材対応方法が難しいのかもしれない。取材現場から離れる記者の当惑が大きいのではないか。
通信社との連携を生かすには、速報から離れた記事の在り方という根本的な検討と、それに呼応した抜本的な取材体制の見直しが必要だろう。

 速報性を脱皮して、新聞はどのような取材対象を求めるのか、充実させるのか。難しい課題だが、次回は今テレビと出版、そして新聞紙面でも活躍している池上彰氏の解説、評論からそのヒントを探りたい。

この項続く 

新聞の再生のために その2

ネット時代の新聞に求めらるもの
速報からわかりやすさへ

 その1では、新聞における速報性からの脱却の難しさを考えてきた。
そのうえで、少し戻ってまず新聞に求められる情報の在り方、役割を振り返ってみる。

 新聞は専門的な情報を、一般市民に分かりやすく伝えるという役割を持つ。一つの専門的な事象、発見なりが、一般社会にどのような影響を与えるのか、わかりやすく伝えつつそこに一般社会から見た評価を加える。この役割がこれまでも新聞に期待され、担ってきた。

 記者が専門家になってしまっては、この一般社会から観るという視点、評価がなくなってしまう。専門用語で表現される事象の中に、一般読者にも関連する、関心が持てる要素を見いだし、それを平易な日常の用語で表現する。
 その為には先ほどから述べている対象への記者の深い理解が前提になる。それができて初めて新聞は専門と一般読者の橋渡し役になり、いわば「ものの見方」のアドバイス役となりえる。情報のコンシェルジュといってもいい。

 ただしこの「対象への深い理解」ということ一つでも課題は大きい。科学、医学部門に顕著だが、対象はますます拡大し、進化し、複雑化している。その対象への深い理解をした上で、一般読者に向けて何を報道すべきか、何が大切かを選択し、その余を省略する。今の記者たちは、このような高いハードルを課せられている。

池上流のわかりやすさ

 専門から一般読者への情報の橋渡しに欠かせないのが、記事の「わかりやすさ」だ。
 速報性から脱皮して、新聞はどのような取材対象を求めるのか、充実させるのか。そのうえでどうわかりやすく伝えるか。難しい課題だが、今テレビと出版、そして新聞紙面でも活躍している池上彰氏の解説、評論からそのヒントを探りたい。

 池上氏の解説、評論の特徴はその「わかりやすさ」にあるといわれている。1994年から10年余り、彼はNHKの週刊こどもニュースの編集長兼キャスターを務めた。政治、経済、科学など、専門用語や業界用語のあふれる世界を、どのようにして子供たちに理解させるか、納得させるか。長期間の番組制作、キャスター経験で彼は「わかりやすさ」の要諦を学び、体得したはずだ。そのポイントとはなんだったのか。

 ニュースの「わかりやすさ」とは別に池上氏の専売特許ではない。池上氏の登場以前から新聞各社もテレビ局もその標語を掲げながら実行を見過ごしてきた、というより十分実現できなかった。
 
 これまでどの新聞社も、その記者研修で「中学生程度の読者」を想定して書け、と指導してきたはずだ。中学生にもわかるように書け、とデスクは記者に指導するが、概括的過ぎて実践的な規準になってはいないのが実情だ。

 言葉だけでいえば、日本新聞協会はその新聞用語懇談会の編集による新聞用語集を刊行しており、新聞社と通信社はそれと同様な用語集を各自に定め、それをもとに記事を編集している。

 「わかりやすさ」とは確かにその記事などにつかう言葉に大きく影響される。専門用語や業界用語を一般の表現に言い換えるとことで、記事はある程度理解がしやすくなる。しかしいかにその「中学生にもわかる」用語で記事がまとめられていても、ニュースの「わかりにくさ」がすべて解消できるわけではない。

 ではわかりやすさに必要な条件は他に何があるのか。
 新聞における「わかりやすさ」については、業界内で標語に掲げられる割には本格的な研究も研修もほとんどされてこなかった。

 わかっていないことをわかる

 池上氏は初期の著作で、わかりやすさを実現するために、参考になるポイントを教えている。

「視聴者は何が分からないか、自分はわかっていないのだ。この『無知の知』を獲得することから始めなければ『わかりやすいニュース』と伝えることができない」。それに気づいてから、池上氏は「『視聴者はこのニュースのどこがわからないのだろうか』を常に考えるよう努力した」と記している。(「おしえて!ニュースの疑問点」)

 つまり何がわからないか、わからないから、ますますそのニュースは自分に関心のないものになってしまう。まず視聴者、読者に自分はどこがわからないか気づかせること、それにより関心を向けさせ、その理解できていないところを読者が理解できる言葉で説明をする。 その作業が視聴者に「わかりやすさ」を感じさせる。
 池上氏の言葉はこんなアドバイスになるだろうか。

 彼の視点は、ニュースそのものから、ニュースを見る視聴者の視点に移っている。これが池上氏のわかりやすさ、そして面白さを生み出す要素ひとつ、対象への新しい視点の提供だ。

 わかりやすさの前段として、まず視聴者のわからないことを掴む。そこに集中し、わかりやすい解説を加える。これを常に意識し実践することで、池上氏はこれまで視聴率がとれなかった政治や経済、外交そして宗教まで、ゴールデンタイムの番組に変貌させたのだ。

 少し具体例を挙げてみたい。
 国政選挙の開票日番組の司会はいまや彼の十八番にもなったが(※1)、以前の放映で彼が選挙の投票所を取り上げていた場面があった。
 記憶が定かではないが、各投票所の投票箱などの置き方などレイアウトが全国一律かどうかという視聴者へのクイズがあった。そして各投票所にいつも一番乗りする人々の紹介もあった。
 これまで新聞が投票所のレイアウトを解説し、あるいは投票所一番乗りに生きがいを持つ人を紹介した例を知らない。おそらく取材を考えもしなかったのだろう。
 しかし池上氏の解説で実際に紹介されると、そのレイアウトの理由や投票所一番乗りの人々のキャラクターが十分面白いニュースになっているのだ。

 一般に選挙報道はイコール投票、得票数であり、当選者紹介に、政党勢力の変化と、パターン化した取材しかしてこなかった。これらはいわば速報をベースにした情報だ。この部分でいえば、多くの要員と資金の豊富なNHKが圧倒的に有利だ。
 
 池上氏の選挙報道はテレビ東京であり、在京のテレビ局でいえば弱小勢力だ。要員も予算も少ない。その中で番組をどう差別化するか。池上氏と担当スタッフは、速報以外での差別化を考えた。それが先ほどのような従来の新聞やテレビの盲点を突いた番組だった。

 得票の速報取材から視点を移し、視聴者が経験する投票所を取材する。同じように投票に向かう一般有権者の一人に焦点を当てる。ここで読者、視聴者がその対象に親しみを持ち、身近な知る楽しみを味わう。対象への新たな視点をもとにしたユニークな選挙番組から学ぶことは多い。

 視聴者の身近にありながら知らないこと。そこに焦点を合わせ、わかりやすく解説、紹介する。それを実践した池上氏の番組、視点移動の手法は、新聞の速報からの脱皮に有益なヒントを与えている。

 専門記者とは

 新聞は、政治を主体とする総合面を第一面にし、経済、くらし、文化、スポーツ、事件事故、そして最終面のテレビ欄と、前世紀から続いた紙面展開を墨守している。その硬直性がまた記事展開のパターンを固定化し、出稿する記者のものの見方をも狭くしてしまっている。

 新聞業界では、複雑化する社会に対応するために専門記者の養成を急げ、とも言われている。先ほど記者の役割は、専門と一般の橋渡しだと記した。しかしなまじ専門記者となると、その多くが読者の興味を引くような面白くかつ有用な記事が書けなくなることを、著者も現場で多く目にしてきた。

 専門記者をめぐって、池上氏は自分の「NHKでの夢の挫折」として面白いエピソードを週刊朝日で紹介していた。
 2005年3月、池上氏はNHKを退職するが、もともとはNHKに残り、「生涯一ジャーナリストとして取材ができる」解説委員になることを希望していたという。
 ところがある日当時の解説委員長から「お前は解説委員希望ってずっと出し続けているけどダメだ、解説委員は専門分野を持っていなきゃいけない。お前には専門分野がないだろう」と言われ、望みを絶たれた、と自ら話している。
 
 この専門分野を持つNHK解説委員が登場している番組が、NHKの「時事公論」や「視点・論点」などだ。これらの番組が面白い、ためになるのでいつも観ている、という人物には出会ったことがない。専門記者の典型ともいえる味気ない内容だと、当方は思っている。それに比べ、政治から経済、外交、最近は宗教まで、「非専門記者」の池上氏の解説、評論がどれほど多くの人に受け入れられているのか。

 池上氏が解説委員になっていたら、同じNHKパターンになっていたかどうか。そう思いつつも専門性の難しさにまた気づくことがある。
 
 池上氏をある専門記者、評論家という人はいない。しかし彼が説明、解説する内容、レベルはそれぞれの専門家以上に視聴者に受け入れられている。視聴者の求める知的な欲求と、彼の解説、論評が適合しているのだ。

 情報収集にあたって彼は助手など使わず、新聞や資料を自ら読み通し、取材対象のあらゆる情報、最新の動向を押えていると彼から聞いたことがある。そのうえで奥行きのある知見をもとに、一般の人々の視線、視点にあった情報コンテンツをまとめている。専門家でないがゆえにその解説や論評に一般性、俯瞰があり、わかりやすい、ともいえる。
 池上解説にはわかりやすさとそれを裏打ちする視点の新しさ、視聴者への親しみを生み出す面白さがある。そして池上彰というキャラクターが語るゆえの親しみ、信頼性が、そのニュースをより身近に感じさせる効果を生んでいる。一種の信頼できる情報コンシェルジュの役割を池上氏が果たしているのだ。

 ここまでくると個人芸に近いが、池上氏が取材対象に向かう姿勢から、ネット時代の新聞を担う者が学ぶことは多い。読者・視聴者だけでなく記者も気づかないニュースが目の前にまだまだ埋もれているのだ。

(※1)
テレビ東京の池上氏の選挙特番は2010年の参院選挙から始まった。以後民放の中ではトップクラスの高視聴率を上げ、17年10月の総選挙も9.8%と在京キー局で首位の視聴率を記録した。

この項続く

新聞の再生のために その3

 面白い記事がない

 「その2」までで、ネット時代の新聞に必要な記事とは、を考えた。速報性から抜け、専門化する取材対象の中で「わかりやすさ」をどう実現するか。それを池上氏の事例から探ってきた。
 速報性からわかりやすさへ。その為の新しい視点。それにもう一つ検討しておきたいことが記事の面白さだ。

 新聞社に長年いたために、周りに熱心な新聞読者が多い。編集に残る知人もいる。昨今彼らに共通するボヤキが、「面白い記事がない」だ。
 
 これについて朝日新聞の鎌田慧氏のインタビュー記事にいい指摘があった。鎌田氏は「日常業務のようにただ与えられた仕事をこなす記者には本当に面白い記事は書けませんよ」という。(「語る 人生の贈りもの」)
 
 面白い記事を書くためには、取材対象を新たに発掘するか、目の前にある取材対象そのものを新しい視点で切り込まなくてはならない。面白さを生む前提は取材の手法にある。
 鎌田氏は取材について「材料を取るために人に会うのではないのです。人に会うことによって、その触れ合いの中で自分にはないものが形成されたり新しい視点を教えられたりする。そういうことを積み重ねていくことが取材だと考えている」。(同)
 しかし取材対象とのこのような豊かな相互作用を生むには時間がかかる。

 鎌田氏のいう「与えられた仕事をこなす」だけの記者、「受け身記者」とはある意味、新聞社にとっては扱いやすく、好まれる人材でもある。担当の現場で官庁などの発表情報を手早く記事にまとめる。事件があれば5W1Hをそつなく押え、迅速に送稿する。デスクの評価は上がり、本社の陽の当たる取材担当への、いわゆる出世もしやすい。
 速報、ウェブファーストを掲げる新聞社も多い。短時間にまとめるという要領が体得できないものは外される。検索、コピペが氾濫する中で、小器用に記事をまとめる記者ばかりが育つ土壌が拡大しつつある。

ネット時代の記者育成

 このような状況が進展する中で、わかりやすさや一般読者に橋渡しになる取材と編集、そして面白い記事が書ける記者がどうしたら育つのかについても触れておきたい。

 国内の新聞社の採用方法は新卒採用が中心だ。一般教養、時事問題、語学の試験、そして作文、最後に面接という試験方法を踏襲してきた。

 しかしこれまで見てきたように、これからの新聞記者に求められる能力とは、一般読者に必要と思う情報を見つけ、そこから学ぶという視点、ものの見方、姿勢だ。しかし従来の採用方法ではこの大切な資質を測る、見い出すことが難しい。

 採用後の記者は、全国紙の場合まず地方の支局に配属される。そこで数年、警察、市役所など官庁などを回りながら、取材の基本動作を学ぶ。
 ここでの研修は現場主義、OJT=職場を通しての教育訓練ともいえるが、先輩記者の仕事の見よう見まねであり、その先輩も配属されて数年であり、記者としての技量を備えたとは言い難く、ましてや指導法のノウハウなど持ってはいない。
 
 全国紙の地方支局は経費削減から縮小傾向になり、多くても10人未満、デスクと記者数人というところが多いはずだ。
 ある意味、未完成のまま数年を経て東京、大阪などの本社に異動する。この段階で、記者の担当分けが決まる。政治、経済、文化、運動、社会そして整理部など、それぞれ記者の特性が考慮される、とはこれも言い難い。第一、支局レベルでそれぞれの部局を経験した先輩、上司はほとんどおらず、適切な業績評価ができ、その上での人事というものは実現していない。
 各部局の要員事情をもとに、支局長やデスクなどのわずかな評価、情報で、記者の一生の方向性が決められていく。本社に「上がる」という表現を取るが、その本社に戻らないまま、支局など地方機関を転々とし記者生活を終わる者もいる。

 このような記者の育成システムは、半世紀余り前から今もあまり変わっていないのではないか。
 一つ評価できることはある。現場放任主義ともいえる極めて生産性の低い教育制度だが、一人の記者に育成に数年から10年近くかけるというのは、新聞社だけにしかない。
 多くの記者の中から優れた取材編集力を持つ先輩を探し出し、マンツーマンに近い形で指導を受けそのノウハウを会得する。優れたデスクに日々原稿をみてもらう。記者がその気になれば、この濃密な研修を新聞社ではまだ受けられるのだ。

 別項で、記者は現場で育つと記した。それは同時に大きな事件などでチーム取材をし、その集団の中から自分の目標とする記者を見いだし、そこから学ぶということでもある。
 
 そしてこれは同じ会社内、チームに限定されることもない。同じ事件を追っている競合他社の記者からも学ぶことは多いのだ。  

 新聞にまだ存在感があった前世紀末、業界には会社の壁を越えて目標とする記者、ジャーナリストがいた。これは先ほど紹介した鎌田氏のいう「面白い」記事を書く人々だった。
 鎌田氏がインタビューで紹介している疋田桂一郎、それに深代惇郎、本多勝一、本田靖春、大森実、立花隆、柳田邦男などなど。鎌田氏もその一人だが、会社は違い、フリーであってもその時々の彼らの仕事をチェックしなくてはならない力、魅力がそれぞれの記事、作品にあった。
 ここまで名前が出ないにしろ、各社、職場で憧れとなり、目標となる先達、同僚が多くいたはずだ。

 これはリタイヤしたものの独善、妄言と言わるかもしれないが,ネット時代が始まった今、このような刺激を受け学ぶような存在が極めて少なくなったのではないだろうか。

 新聞記事の主要素はいつ、どこで、誰が、何を、どうした、という5W1Hだ。これは簡潔に情報をまとめるためのチェックポイントだ。そしてこの取材はある程度システム化できる。取材のノウハウも覚えやすい。
 しかしこの速報以外の解説、評価、そして面白い記事は、そのための取材など作業の定型化が難しい。それゆえ指導も難しい。この分野の能力を高めるための記者育成システムはまだ見当たらない。

 いま必要なことは、改めてネット時代の記者に求められるものを再認識することだろう。その個々に応えるための方法を、まず模索するしかない。
 しかし制度的な方策とは別に、これからのネット時代も、記者の成長に大きな影響を与えるのは、優れた先達や同僚、競合するライバルのはずだ。そのような刺激を受けられる環境にどのようにして記者を置くことができるか。これは会社が組織的に作ることも必要だが、記者個人の自覚によりその場を探し、入り込むこともできるはずだ。

 情報検索能力 ネットの駆使能力などは現代の記者に必要な能力だろう。パナマ文書問題などを追うために、国際報道におけるジャーナリストたちの協力なども必要になる。記者に求めらる資質、能力はますます大きくなる。ネット時代の新聞の再生のために、それらに挑む記者たちの自己研鑽に期待したい。

この項続く

新聞の再生のために その4

地域情報と投稿コンテンツ

ネット時代の地域情報

 速報性からの脱却を考えながら、ニュースのわかりやすさと、取材対象を捉える新しい視点の大切さ、可能性を考えてきた。そしてもう一つネット時代に見落とせないのが地域情報の充実だ。

 全国紙とともにブロック紙、地方紙もその部数、売上が衰退傾向にある。ただ減少率は全国紙よりは緩やかであり、2016年迄の売り上げでみると、北日本新聞や神戸新聞など一部の新聞社は前年を超える売上を残している。
 媒体力がピークを越えたとはいえ。ブロック紙や中堅地方紙にはまだしっかりした経営を維持できている社も多い。

 それらローカル紙には地域の配達される新聞の半数以上のシェアを占める地元紙も多い。その高いシェアが織り込み広告を含めた広告媒体としての存在を支えている。
 この地域の新聞社の経営母体をささえるもの、そのコアは読者が期待する身近な地元の情報だといえる。

 地域情報の閲読率についての調査は少ないが、「ふだん読む新聞記事ジャンルトップ10」(「情報メディア白書2018」電通メディアイノベーションラボがビデオリサーチによる全国新聞総合調査をもとに作成)によると、トップはテレビ欄(調査対象者の60.7%が読むと回答)であり、4位、5位に「地域・地元の社会・事件」(同41.5%)「地域・地元の政治」(同35.5%)が挙げられている。この4位と5位を合わせればトップになるわけで、地域情報への関心は極めて高いことがこの資料からも裏付けられる。
 国際記事を読むと答えた人は34.0%であり、例えて言えばイラクの爆弾テロで100人死亡するニュースがあったにしても、自宅近くの交通事故への関心、興味が勝る場合が多いのが実態なのだろう。
 グローバル化が一層進むネット時代においても、地域情報への高い関心は変わらない。この地域情報へ需要にどこまで対応できるかも、新聞の生き残りのカギになる。

 地域情報の減少

 その地域情報はいま徐々に少なくなり始めている。
 まずこれまで地域情報配信の一端を担っていた全国紙地方版の取材体制の縮小だ。産経新聞を除く全国紙は前世紀末まで、各県に支局を設置し、各県ごとの地域版を掲載していた。東京、大阪、兵庫など大きな県ではさらに地域を小分けにし、各地域版できめ細かな事件や暮らしの情報を伝え、対象地区の地方紙と競合していた。

 しかし今世紀に入り、地方でも部数の衰退が進んだ。それにともなう収益の減少のために、全国紙は支局の要員削減を着実に進めている。販売政策上、地域からの撤退を思わせる支局の統廃合は目立たないが、各地方機関の配置要員は2、30%の削減をしている地域が多いのではないか。
 また各地元紙も全国紙ほどではないが、部数の減少は始まっており、ここも記者の削減はあっても、取材網の拡充は期待できない。

 配置記者が少なくなれば、彼らが取材した地域版の掲載情報も少なくなる。手軽に記事をまとめられる地域自治体などの発表情報が多くなり、各社競合による地域の課題の発掘や行政の監督などの役割を果たしにくくなっている。地方の過疎化は、情報面でも進みつつあるのだ。

 地域情報媒体としてはテレビの各ローカル局も主要な一画を占めていた。しかしキー局などの視聴率低下は今後の広告収入の頭打ち、減収に結びつく。それはローカル局の収入の柱となるネットワーク分担金や地方局そのもののネットワーク収入を確実に減らしていくとみられ、すでに逼迫している地方テレビ会社にますます製作費抑制を求めることになる。

 ローカル局でも今生活情報番組に力を入れているともいう。しかし民間放送連盟の調査でも総放送時間に占める自主製作番組比率が10%未満の社が半数以上あり、それが増加傾向にもある。その場合やはり制作費が多くかかる地域のニュース取材が削減対象になるはずだ。

 テレビと新聞による地域情報の減少は、地域の行政や地域活動への住民の関心の低下を招き、ひいてはコミュニティの崩壊につながりかねない。この裏付けとなる調査は国内でまだ見当たらないが、米国では地域紙の廃刊による投票率の低下が報告され、社会参加の衰退も警告されている。(「新聞の公共性とその役割」新聞協会2013年6月 など)

 ネットでの地域情報拡充

 この地域情報の減少にどう対応するのか。その一つの策がネットによる情報の発掘、活用にある。
 
 ネット情報の発信の一番の優位性は、その制作、配達コストが極めて安価なことだ。
 新聞は本社で編集し、それを印刷所に送り、新聞紙を配送している。テレビは放送電波の獲得と配信設備、それに映像の取材、制作設備とともに大きな設備投資が必要となっていた。
 地域ニュースサイトであれば、その所要コストは個人でも参入可能なレベルにまで下がる。
 
 今Yahoo!ニュースや47NEWS(共同通信と新聞52社)などネットニュースサイトには、地域版を編成しているものもある。しかしそれらは新聞各紙の地域ニュースを集めたものであり、今見てきたように、地方取材ネットワークの衰退の影響を受けざるを得ない。
 課題は、要員削減の流れの中で、どう地元に必要な地域情報を取材し記事にするかだ。

 その打開策の一つが投稿記事の拡大だと考えている。
かつて新聞の地方支局で働き、そしてデスク、支局長を務めて経験からの意見だが、記者の減少にとともに、記者が支局管内を回り、発掘する取材力が大幅に低下しているはずだ。
 多くが行政機関や警察、消防などの発表をもとにしており、それゆえにテレビも含めて各社のニュースに違いが生まれない。独自取材がない。
 もう今から20年近い前、支局員が火事と交通事故の記事書式、パターン自分のワードプロセッサに作成し、そこに発表された項目を入れ込んで仕事をしていることに驚いた。記事の定型化はものの見方の定型化であり、取材対象の問題点や課題に気づくきっかけを奪ってしまう。忙しいので定型処理するしかないという言い訳もあるだろうが、この記事の定型化の流れはさらに広まり、昨今のニュースをつまらなくしている要因であることには間違いない。

 このパターン取材を減らし、制作コンテンツを抑制するために、地域の読者、視聴者からの情報投稿を増やしたい。
 
 読者投稿は以前から存在した。しかしそれははがきなどに書かれた程度の意見であり、それを積極的に拡大し、取材システムに組み込む取り組みはほとんどなかった。
 
スマホが変えた取材環境

 しかしスマートホンの普及が、いまその環境を大きく変えつつある。
すでにNHKなどテレビ各局は、事件などで投稿映像を利用し始めている。かつて大きな事件取材の際、現場に駆け付けた記者の大切な仕事が、周辺住民からの聞き込みと同時に、発生時の写真を撮っていないか、探すことだった。
 おそらく今も、現場記者の作業の一つに撮影映像を探すことにあるのだろう。また投稿動画も増えているという。
 しかしその投稿に本格的に取り組んでいるケースがまだ見えてこない。投稿映像の撮影者名はほとんど掲示されず、投稿作品への返礼は各社ばらばらであり、優秀作の顕彰も聞いたことがない。

 初の投稿動画サイト

 著者は新聞社のデジタルメディアセクションに在任していた11年前に、おそらく国内で初めての投稿動画公募を経験した。当時はまだスマホの普及以前で、カメラ、携帯電話からの映像送稿は手間がかかった。投稿者は開始時、全国から100人を超えたが、その後は常連の投稿になった。またやはり取材対象が地域の催事や家族関連の映像が増え、事件発生時の情景など期待した映像が集まらなかった。
 
 しかし10年余り後の現在はインフラ環境は圧倒的に変化した。スマホの個人所有者は16年調査で56.8%、携帯電話を合わせると保有率は83.6%(ともに総務省情報通信白書)になる。その大半にカメラ機能が付いており、撮影映像の送信はスマホの入力ボタンのクリックのみで可能だ。
今や事件を含めあらゆる現場に、取材可能なカメラがあるのだ。

 もう一つの環境変化は、ネットにおける投稿サイトの著しい成長と普及だ。
05年にYou Tubeが出現して以降、ニコニコ動画。フェイスブック、Twitterと投稿動画が利用される媒体が登場した。そして最近はBazzVideoやTicTokなどが10代から広まって世代を超えた利用者を急速に集めている。

 その存在はテレビの視聴時間を奪いつつあるが、注目すべきはそのコンテンツの可能性だ。ベースはエンタメ系ではあるが、交通事故からマナー違反などの問題行動、小さな助け合い、動物愛慕、環境保護と、誰もが目にする出来事でありながら、普遍性を持つ街角のニュースが次々に掲載されているのだ。
これらの投稿媒体の普及は、ユーザーの投稿に対する親しみを増し、その制作コンテンツに大きな多様性をもたらしている。「投稿文化」が生まれているといってもいい。

 これらの投稿動画に解説は不要かもしれない。しかし数十秒から数分の映像はそこに解説と評価、つまり編集を加えれば、これまでのマスコミが拾えなかった生活ニュース、地域情報が生まれるに違いない。

 今、この投稿動画を主体にした新しい地域情報発信モデルを考えている。
 この具体案は、また別項で紹介したい。

 この項続く 

新聞のブラックボックス その1

 新聞事業凋落の現況

 経営情報の公開をしない新聞社

 新聞の凋落はよく喧伝されるが、その実態を把握できる資料は予想外に少ない。別項でも書いたが新聞業界の経営などの実態情報は非公開が多いのだ。

 全国紙でも収支状況を公表しているのは日本経済新聞社で、朝日新聞社は連結ベースを、読売新聞はほとんど非公開だ。毎日、産経新聞も新聞社単体の情報が外部からはつかめない。
 地方紙も非公開が多く、それゆえに国内の新聞事業の趨勢を時々の数値をおさえて検証することができない。

 新聞事業にはいわゆる日刊新聞紙法(会社法の特別法「日刊新聞紙の発行を目的とする株式会社の株式の譲渡の制限等に関する法律」)が適用される。外部からの資本介入を防ぐため、株の譲渡制限をかけたものだが、そのために株主は長年固定化し、経営情報はその中だけで共有され、外部チェックが効かない。
 対外的に経営の情報公開を標榜する新聞社の矛盾であり、弱点だ。この非公開状況が新聞社の内包する危機状況への関心を薄め、抜本的な改革を遅らせる要因の一つになっている。

  読者数の実態さえわからない

 今年2018年初めに元朝日新聞社販売部長の畑尾一知氏が「新聞社崩壊」を出版した。新聞読者数という基本情報を示すのに彼が引用したのが、NHK放送文化研究所の「国民生活時間調査」だった。販売の専門部局にいる畑尾氏でさえ新聞市場の基礎数字、新聞購読者数が分からないのだ。

 自社の新聞の購読者はわかるが、他社の実情はつかめない。
 業界組織である日本新聞協会は加盟各社の発行部数と総世帯数を毎年記録しているが、それは各社が印刷したという発行部数であり、実際の購読部数より多く出ているのだ。
 ここでは詳説しないが、購読者のいない新聞の存在がある。
 新聞各社と新聞協会などが示す発行部数は、各社が印刷する部数だ。それを販売店に届ける「送り部数」がある。その中に新聞社が販売店に注文部数を超える引き取りを求めるいわゆる「押紙」がある。読者が存在しない部数だ。そして配達されないまま回収、廃棄される「残紙」になる。つまり押紙、残紙が発行部数を多くしているのだ。
 かつてはこの残紙が発行部数の数十%もあった。それは各新聞社が隠す暗部だ。この発行部数あるいは送り部数が、本紙広告と、販売店の収入になる折込広告の掲載、配達コスト計算の基数になるからだ。水増し部数による過剰な広告費の収奪としばしば批判されている。
 この残紙をめぐる訴訟が各地で起きている。しかし各社ともこの部数乖離を是正し始めているとはいえ、いまだに購読者数を開示しない。そのために販売の専門だった畑尾氏も読者の推定数をNHKの調査に頼っているのだ。

 それにより畑尾氏は2005年から同15年までの10年間に読者は1300万人、25%減って3700万人になったと推計している。そして以降10年、2025年の予測は、さらに1100万人30%減り2600万人になると指摘している。20年間で読者は半減するという予測だ。

 スマホなどの視聴媒体の急速な普及と、それによるニュース配信の増加で、新聞読者の減少率は年々高まっており、畑尾氏自らこの推定は「見通しとしては甘いかもしれない」と認めている。一部新聞社の経営破たんは2025年以前に来るのではないか。

 不動産での生き残れるか

 新聞の経営危機が取りざたされても、業界内では楽観論も多い。楽観論の一つの支えが、各社の不動産収益だ。

 全体的に縮小傾向にある新聞社のバランスシートで、安定した収益をあげ、今後も新聞経営の基盤を支えるといわれるものが不動産収入だ。
 全国紙も地方紙も、都心あるいは地域の一等地に本支社置く。そこに付随したテナントなど優良不動産を多く持ち、今も不動産投資を続けている社もある。新聞社の関連事業で、今や一番手堅い収益を望めるものがテナント料など不動産だ。

 確かに朝日新聞社や読売新聞社は、東京などの都心に多くのビルを持つ。日本経済新聞社も10年ほど前に31階建ての日経ビルを大手町に建設し、いずれも大きなテナント収入を得ている。あまり注目されないが、産経新聞社もその所属するフジサンケイグループのサンケイビルが総売り上げで1000憶円を超え(ビル事業は140億円余り)、120億円余りの営業利益といる実績をあげている。
 
 しかし東京銀座や大阪の中之島などに大型ビルなどを持ち、業界トップの不動産収入があるといわれる朝日新聞社でさえ、中期計画にある2020年の不動産売上目標が200億円、そのうちの30%の営業利益だ。
 大方の新聞社は不動産だけで現在の規模の経営を維持ずること難しく、不動産事業による新聞社の存続はありえない。
 新聞各社は今後の読者減少と広告の衰退で、今の取材体制が維持は厳しくなるはずだ。そして新聞事業の代わりの支えとなる事業を見いだした社は、まだない。

現場に薄い危機感

 ただこの業界で、経営危機が喫緊の課題として取り上げられているかというと、実情はその緊張感が現場に薄い。

 新聞社の危機、特に毎日新聞と産経新聞はそれこそ数十年前から潰れるとささやかれてきた。むろんこの間、1998年に廃刊した北海タイムズのように消えた新聞社もある。しかし10万部を超える中規模以上の新聞で、潰れた事例は北海タイムズ以外まだない。そのことが、経営指標でみればすでに破綻状況にある新聞社内でさえ、危機感が広まらない要因になっている。自分たちが茹でガエルであることに気づかないのだ。

 これまで新聞社の経営を逼迫させるものとして、部数と広告の急速な減少を挙げてきた。ただその双方において、まだ少し落ち着きがある新聞社もあるのだ。

 ブロック紙や地方紙のなかの中堅の各社は、地域の新聞読者の50%以上ものシェアを持つところも多く、それゆえ広告媒体としての有用性がまだ残っている。また地域情報においては、全国紙が支局など取材拠点を縮小、簡素化しており、逆に地方紙にその報道を担う役割が高まっている。

 経営状況を公開していない新聞社が多いため、ブロック紙、地方紙もその経営状況を俯瞰した資料がなかなか見当たらない。

 その中で先ほどの畑尾氏が、10万部以上の43社について社員一人当たりの売上、自己資本比率、そして独自の指標の「残紙率」のそれぞれを検証し、経営評価をしている。残紙率に少し馴染みがないが、これにより販売店がカネにならない部数をどれだけ抱えているかがわかり、販売店経営ひいては新聞社の経営力を表す指標になるという。
 この3指標でみると、弱体といわれる毎日、産経のレベル以下の地方紙は3社しかない。大半がまずは規模に応じた経営力、店舗力を残しているのだ。

 これらから見ると、新聞業界はまだ少し生き残りを模索する時間が残されているのかもしれない。別稿でも書いてきたが、編集から印刷、配送までの一気通貫のビジネスモデルのしぶとさだ。そして情報という生活に欠かせない「米」を扱っている以上、何らかの生き残り策があるはずだ。

この項 続く

新聞のブラックボックス その2

  経営基盤の強化のために 

選択と集中
印刷と出版の切り離し

 新聞社の経営改善のためには、まず「業種の百貨店」ともいわれた編集制作、印刷、配送とその関連事業という多様な業務の見直しだろう。業務の選択と集中だ。

    新聞社はこれまでも一部業種の別会社化を進めてきてはいる。
各社が取り組んだのが印刷部門の分社化だ。かつて新聞社の輪転印刷機は本社の地下に設営することが多かった。輪転機が稼働できなければ、新聞の発行はできない。昭和の敗戦以前から、新聞社が恐れたのは外部からの印刷工場侵入と稼働差し止めだった。それゆえに土地代の高い都心の本社だが、地下に大型輪転機を並べた。
 敗戦直後、朝日、読売、毎日はいずれも東京の有楽町に本社を置き、その地下に多くの輪転機を置いていた。それゆえ夜の印刷作業の休み時間になると、インクの匂いのする作業服の印刷工たちが、その界隈にあふれたという。

 しかし印刷ページの増加とカラー化もすすみ、本社工場は手狭になる。各社は本社の輪転機を新聞配送に便利な都市周辺に移し、サテライト工場として配置していった。しかし高速の大型輪転機を備えた新工場は、いずれも一か所で数十億円から百億円を超す大型設備投資になり、新聞社経営を圧迫する要因になった。そして各社は印刷コストを抑えるために、別会社化を進めていく。

 2000年以降、減っていく自社の新聞印刷への対応策として外部の業界紙などを受注し、商業印刷の取り込みで一定の成果を上げる工場もあった。ただ新聞用の大型高速印刷機は、業界紙などには対応できるが汎用性が少なく、新聞形態の印刷物の減少とともに収益は衰退していかざるを得ない。それが新聞社の印刷工場の別会社化を加速させている。

 出版の別会社化も全国紙の多くが進めてきている。
 出版局が新聞社のドル箱だった時代がある。週刊朝日とサンデー毎日の創刊はともに1922年。新聞が大きく部数を伸ばす大正時代に始まり、戦後は1950年代末にともに150万部を超える記録を残している。この大部数や新聞社の情報を生かした年鑑、あるいは豪華本の刊行で出版部門が本社経営を支えた。しかし出版不況が深まった今世紀以降は、各社とも出版部門の恒常的な赤字を抱え始めた。

 その中で読売新聞社は中央公論社を1999年に支援し、中央公論新社としてグループ子会社化、本社の出版事業を移した。朝日新聞社も2007年に朝日新聞出版を設立。日経、毎日、産経も別会社化を実行した。

 別会社化の狙いは、本社の高賃金体系からの切り離しであり、新聞本社への依存体質の改善、生産性の向上にある。そして出版の別会社化は一定の成果を上げ、各社の出版事業が収益赤字で本社経営の足かせだった時代を抜けつつある。ただデジタル化の波はここにも押し寄せており、各社ともネット時代に適応する出版編集を模索中といえる。

可能性を残した事業

 あまり注目されることがないが、新聞社の文化・スポーツ事業は長年にわたりノウハウを蓄積しており、対外的な信頼性は大きな財産になっている。
 大型の美術展などのイベントを新聞社が主催できるのは、国内外における新聞社のブランドイメージ、信頼性が大きい。国内の美術館や博物館との共催、あるいは海外の主要な美術館からの作品の借り出しができるのは、現在も全国紙と主要放送局だ。
 また最近は映画興行への参加も増えてきた。事業の興行にあたっては、自ら紙面でその宣伝媒体となれるということが強みでもある。

 他に新聞社事業で目立つのは、高校野球やプロ野球がある。公益社団法人高校野球連盟との共催でもあり、高校野球で新聞社が大きな収益を上げているとは思えない。プロ野球にしても、読売巨人軍の試合チェットが有力な読者獲得ツールだった時代は終わっているようだ。

 長年の事業展開で「新聞」と「文化」「スポーツ」は親和性が高い。それをもとに全国紙も地方紙も文化・スポーツ事業の顕彰制度を多く持っている。直接的に収益に結びついてはいないものが大半だが、新聞社のブランド構築には役立っているといえるだろう。

 その「文化」を看板に各社の文化センターやカルチャーセンターが各地に目立ったのは1980年代以降だった。
 産経や毎日などの文化教室は1950年代から始まる。その後「生涯教育」が標榜され、新聞社がそのブランドを背景に全国に文化、趣味教室を開設し一時代を作った。
 その後地方自治体などが低価格の文化教室を運営し始め、新聞社系のセンターへの参加者はピークアウトした。
 しかし高齢化の進展ともに、この事業への需要が減少することはないはずだ。新聞社ゆえに選択、登用できる講師をアピールするなど、差別化ができれば、まだ有望な関連事業となる
 新聞というブランドを使っての文化事業は、教育分野などまだまだ新たな市場が残されているのではないか。

 以上別会社化と事業の改革、市場拡大は、いずれも成功すれば本社の収益を支える、あるいは悪化を防ぐレベルのものであり、やはり新聞事業本体の改革、再構築が避けられない。

この項続く

新聞のブラックボックス その3

営業体制の再構築

営業スタッフにインセンティブを

 日本新聞協会の資料では、集計した98社の従業員数は2017年で42248人になっている。01年と比較し27%、4分の1減少した。このうちの記者数はこの間、6%余りしか減っておらず、制作、営業部門の要員減少が大きい。

 経営基盤の維持、強化のために必要なことの一つは、大きな変化が生まれている広告、販売、事業部門の組織の見直し、改革だ。
 広告媒体としての新聞は、部数の低下とスマホなどネット媒体の普及とともにさらに存在感がなくなりつつある。そして販売局も部数減で従来の要員数は不要なはずだ。

   新聞社は今一度、自らの強み、弱みを検証するSWOT分析をし、そのうえで営業系の体制の再構築が必要だろう。ニュース、情報という商品をコアに、そこにどんなサービスを加えて新商品、新事業を作るか。
   これまで別項(「新聞経営が見落としたもの その2」)で紹介してきたように、営業セクションは市場を知る貴重な部門でもある。
   ここに機動性を与え、新聞社の強み、経営資産を生かした新事業の開発を託すべきだ。

   その新市場開発のためにも、今一度営業系のスタッフの育成、強化を考えたい。先の別項でも触れたが、新聞各社の営業系にはまだまだ優秀な人材が残っている。そして彼らは市場動向を一番肌で感じている。
 記者は現場で育つという考え方が強い新聞社内では、編集でもなかなか社内教育制度、システムが拡充しない。しかし記者の留学や研修などを制度化している社は多い。それに比べ営業系の研修制度などはほとんどないのではないか。
 

 店舗経営指導ができる販売担当員に
 販売担当員の主要業務は販売店経営の支援だ。販売担当員に店舗経営の指導、助言する力量を与えるためも研修制度を設ける。そのうえで信頼されたラストワンマイルを生かした新ビジネスを提案させるためには、担当員自ら経営のノウハウの研鑽と情報収集が欠かせない。

 販売店は仕入れ、在庫管理がない特別な中小企業、店舗経営者でもある。しかし今後は地域の情報基地あるいは信頼サービスセンターとしても生き残りも可能だ。    その為に、中小企業経営の全般に見通しのきく販売担当員の支援が必要だ。
 またその技量と知識を持つこと自体、販売担当員の目指す課題、インセンティブになる。販売部門の活性化に繋がるはずだ。

 広告についても別項で代理店への依存による営業力の衰退を指摘した。
新聞広告費がインターネット広告費に抜かれたのが2011年3月だった。以降両者の売上格差は開く一方で、2017年にはインターネットが1兆5000億円余り、新聞が約5100億円と3倍にまでになった。

 この急速なネット広告への対応が新聞各社ともできていない。広告費が逆転した2011年以前、ネット広告は新聞広告を扱う代理店の子会社のメディアレップが主に扱っていた。ネット広告の将来性がまだ軽視されていた。当時大手広告代理店においても、系列のレップへの異動はいささか都落ちの空気があったのではないか。
 
 それに影響されてか新聞社の広告担当のスタッフにも、率先して社内のメディア局などネット配信部局に異動を希望する者は少なかった。ウェブ広告に夢を描く若手もほとんどいなかった。
 
 ネット、ウェブ広告は、新聞社からすると部数による媒体効果に拘束されない新たな市場、ブルーオーシャンだった。そして広告効果を正確に把握できるというテレビ、新聞にない強みもあった。
 ただその広告には、ウエブデザイン、サイト制作など全く新しいといノウハウを必要とした。広告の制作から、SEO、効果測定 マーケティングといずれもネット系のIT技術、ノウハウが必要だった。

 今から考えると、ヤフーなどのニュース配信が始まったネット揺籃期には新聞社はこの技術部門でも有利な位置にあった。
 新聞社にはもともと高速輪転機の運用制御や配送、情報の集配信システムなどでコンピュータ制御に取り組む技術スタッフがいた。またワードプロセッサからパソコン入力に変わり、テキスト入力からサーバなど集配信システムにも知見を持つスタッフが増えていた。つまりこの中から選抜し、メディア部門の編集、広告、マーケティングのセクションに技術スタッフを充てることは十分できたはずだ。
 ただ前述したように、技術部門のスタッフにも新聞製作と印刷の本業意識、プライドが壁になり、ネット技術者が輩出するには至らなかった。
 
 結論から言えば、新聞社のメディア編集がヤフーなどに負けたように、広告部門でもネット市場への体制を築くことに遅れてしまった。ネット将来性に気づき、挑戦しようとする人間は新聞社広告セクション内でも少数であり、広告からネットによる物販、サービスの売り込みというEC市場への参加など望むべくもなかった。

 新聞社の広告は、企画提案から売り込む時代に入っている。新聞社が広告を掲載する際の内容審査は、その厳しさで定評がある。新聞の信頼性を保つため積み重ねえてきた営業ノウハウはまた優位性を持っているはずだ。それをベースにクライアントの立場に視点を置き、新聞、テレビ、ネット、その他のプロモーションなど総合的な広告提案を行う、それが広告営業の目標になるのではないか。

 その提案力を身に着けるためにも、新聞社の広告スタッフにも効率的な研修と、業務改革が必要だと思う。
 
 事業部門も含め、新聞の営業系の従業員の研修支援制度を整えること。また経営アドバイザーや中小企業診断士、社会保険労務士、あるいは各種ウェブ資格など資格所得者の優遇制度があってもいい。それが編集主体の社風の中で消極的になりがちな営業スタッフのインセンティブを向上させ、彼らが経営再建への方途を見いだしてくれるのではないか。

この項続く

新聞のブラックボックス その4 了

新聞社の商品管理とは

 新聞の生き残り方として、前項「その3」までで新聞各事業の別会社化と営業体制の再構築を考えてきた。
 無論一番再考を必要とするのは、新聞社の取材、編集、配信、配送体制だ。この課題は別途まとめて検討することにして、まず新聞社の商品のコアである紙面の記事の問題点、課題点を思いつくまま示したい。

 新聞は製造業だと繰り返してきた。ならばその生産する商品管理は基本作業のはずである。ところが、その商品つまりニユースの管理が、消費者つまり読者の視点でほとんどされていないのだ。
 
 こういうと業界内、特に編集サイドから、ニュースの適正、妥当性について内部審査はもとより外部識者もいれて定期的に実施している、と反論があるだろう。
 確かに全国紙も地方紙も、記事審査委員会などの名称で社内、あるいは社外の委員などを選出し、定期的に紙面を検証している。

 紙面においてどの記事がどれだけ読まれているか、という調査「閲読率調査」というものがある。読者アンケートなどをベースに調べるものだが、新聞各社がこれを定期に実施し、それを編集、紙面構成などに生かしている、という話はあまり聞いたことがない

 この閲読率調査と少しクロスするのが、大方の社が実施している定期の紙面評価、審査だ。
どの社も、デスクあるいは編集委員クラスのベテランが、批評、審査員となり、週間、あるいは月間の自社ならびに競合他紙を検証し、その評価、問題点を指摘している。
 新聞社の一種の品質管理だが、この評価の仕方は内部からの視点であり、記事のニュース性、つまりどれだけの特ダネだったか、特オチだったかから始まり、正確性から論理性、問題点などをかなり克明に指摘、検討し、社内での情報共有を図っている。
 
 ここにかけている時間と労力は、他の情報媒体にはないもので、新聞の信頼性を支える主要施策の一つでもある。それだけにこの批評、審査過程は読者にとっても有用な記事、コンテンツになるはずだが、ごく一部紹介されたことがあるだけだ。内部情報だけにせず、本来は読者に公開されるべきものではないか。 

 新聞社では、外部の有識者の紙面審査委員を置くケースもある。しかしこれも月に1回程度、その議論がまとめて記事化されるのみで、その内容も主要記事の評価、課題の指摘というレベルにとどまっている。
 
 今新聞社はデジタル版も配信している社が多い。このデジタル記事であれば紙面というより、個々の記事ごとに読まれているかどうかの数値的把握が確認できるはずだ。しかしこれも本格的に採用し、編集に生かしているケースをまだ知らない。

 ネットにフェイクニュースやコピペ情報が氾濫する時代に、新聞記事はどうあるべきか、何を読者が求めているのか、などという情報市場の変貌を視野に入れた論議は行われていない。読者の視点がないのだ。

 その読者の視点が忘れられている、というケースを具体的に紹介してみる。
 
 誰が見る紙面なのか
 
 その筆頭に例示したいのが株価欄だ。
 経済専門紙を掲げる日経はまだしも、一般紙も多くが株価欄に何ページも割いている。
 しかし株価については、すでにネットで即時その時々の株価が無料でチェックできる。チャートも刻々と示され、設定価格の通報システムもあり、何よりその場で売買ができる。解説など関連情報も豊富だ。
 
 ここまで至れり尽くせりサービスが普及している中で、一日1回、夕刊を入れても2回の過去の株価情報を必要とする読者とは誰なのだろうか。携帯やスマホ、PCを使えない高齢者の一部か、とも考えたが、日々の株価をもとに積極的に株の売買をする人が、携帯もパソコンも使えないということがなかなかイメージしにくいのだ。
 もし今株価欄を廃止したら、どれだけの部数減になると新聞社は危惧しているのだろうか。
 この数ページにわたる欄を他の編集部局に開放し、記事量の充実をさせるほうが読者サービスになるのではないか。あるいはページを減らし、価格を下げる選択もあるだろう。

 もう一つ、誰が読んでいるのか気になる記事が受験シーズンに現れる。
 大学入試センター試験や各地の高校、著名学校試験の問題の掲載だ。大体が中面に載るが、いずれも数ページにわたり、各教科の問題と一部は解答例も示される。
 しかし実情でいえば受験生の多くは学習塾などの速報を受けているはずだし、受験生の家族がどれだけ見るのか、その閲読状況を検証した社があるとは聞いたことがない。

 一番読まれる手抜き紙面

 一方で、読者を持ちながら手抜きをしているとしか考えられない記事欄もある。
 おそらくどの新聞でも今も最大の読者を持つのがテレビ欄だ。
 もう30年近くまえ当方が現場にいるころ、ある地区に配布する新聞のテレビ番組の組日を一部間違えたことがある。新聞が配達され始めた午前6時ごろから、本社の電話は苦情電話で回線がパンクした。会社はその新聞十数万部を回収しなければならなかった。
 一般記事でも、誤報をすればその指摘と抗議などの電話はかかってきていた。しかし早朝から、当時は配置されていた数人の電話交換手が応対できないほどの反響は初めてで、改めてテレビ欄の需要を思い知らされた。

 新聞社はテレビ欄の閲読率がトップであることはだれもが知っている。ゆえに日本経済新聞を除くほとんどが、新聞の最終面という一面に続く看板ページにテレビ番組のいわゆる短冊表を載せている。

 長くなるが、これほど読まれるテレビ欄だが、番組一覧表を載せるばかりで、テレビ番組の詳しい紹介、評価、解説は誠に少ない。そしてその大半がテレビ局から提供されたPR情報を仕立て直したものなのだ。
おそらくテレビ番組の担当記者は、全国紙でも一社数人ではないか。昔はラテ部などという組織があったが、今は学芸、文化部の記者が担当しているケースが多い。一番読まれている記事に一番人手をかけない。これがテレビ欄の実情だ。

 例えば新聞の映画批評と比べるとわかるが、テレビの解説や批評は、連日の放送情報量からすると映画に比べ数十分の一以下ではないか。映画評論家は多くいるが、はるかに大きな影響力を持つテレビについての評論家はほとんど目にしない。テレビに出る政治、社会、生活、スポーツなどの評論家はあふれるほどいるが、テレビの放映する番組、コンテンツそのものを対象にする評論家がなかなか見当たらない。

 この評論不在はテレビの悲劇だと思っている。
 映画や舞台の評価は新聞にも多く掲載され、制作側にも観客、視聴者にもそれなりに重く受けとめられている。

 評論があることでその対象となる作品、番組の質的向上が生まれるはずだ。しかしテレビにはそのような評論がないために、視聴率という質を度外視した物差しに狂騒することになる。一方で毎日大量に放映される番組の大半が、評価を得ないままに消えていく。

 新聞のテレビ評は、テレビから距離を置く媒体だけに、評価の客観性が生まれる。無論テレビも新聞の批評を充実させるべきだ。相互の批評が充実すれば、それは読者・視聴者のメディアリテラシーを高める効果も生まれるだろう。

 このような視聴者の動向に無頓着なテレビ番組掲載が続いているが、テレビの録画システムはすでに視聴者の半数以上に普及しており、録画を使ったタイムシフト視聴率を押さえないと、視聴実態が把握できない時代になっている。

 そして今や新聞を見なくても、テレビ画面とリモコンによる簡単な予約システムが普及してきた。この録画の増加に対応したテレビ欄改革が必要だが、その動きは見えない。

 話がテレビにそれてしまったが、丁寧な番組紹介、批評を怠ったままの新聞のテレビ欄は、いま急速に読者を失っているはずだ。
 
 株価、試験問題そしてテレビ欄と、読者とミスマッチを起こしていると思われる紙面について紹介した。この課題に対応するには、読者の要求と新聞の役割の双方を勘案した紙面改革が必要だろう。
 この紙面改革という表現は、業界内では年中行事の様に使われる。しかし新聞が生き残るためのそれは、これまで紹介した株価欄などの廃止も含む根本的なものが必要となる。そしてその根本改革には、前提となる取材体制の見直しも欠かせない。

この項 了

新聞経営が見落としたもの その1

新聞事業の衰退の要因を探る

 国内の新聞事業は、2000年を越えてから衰退期に入っている。その衰退の要因は時代の環境変化への適応ミスであり、それを生んだのが新聞事業の余りに強すぎたビジネスモデルだった。

 これまで新聞の凋落は多く語られてきたが、その事業構造から振り返ったものがあまり見当たらない。新聞業界での40年余りの経験をもとに、一つの見方を提示してみる。

  日本新聞協会の調査では一般紙とスポーツ紙を合わせた発行部数は、2000年から昨年17年までに1158万部余り、21.5パーセント減って約4213万部。売り上げは04年から16年までの間に6122億円、25.7%減の約1兆7675億円にまで減った。そして減少率は年とともに高まっている(注1)。

   新聞事業は前世紀末にピークアウトしており、現在では新聞発行だけで収益を上げるのは難しく今生き残り策を模索している。

   新聞事業はなぜ衰退してきたのか。どこにその原因があるのか。

最強のビジネスモデル

  新聞はかつて国の産業分類で製造業に位置付けられていた。
この事業モデルの特徴は、生産から配送、販売まですべてを運営する一気通貫の業態だったことにある。

   現在存続する新聞社で最も古いといわれる毎日新聞の創刊は明治5年、1872年という。今年2018年で146年になる。朝日、読売もその前身が相次いで明治時代に創刊しており、新聞という業態は100年、一世紀を経ても有力な存在でいる。企業30年説などから見れば、極めて優れたビジネスモデルゆえに存続できたといえる。

 その業態の強さは先ほどの一気通貫事業、生産から流通までを支配することによって生まれた。そして商品のコアが、ニュースという日々変化する情報だった。ニュースは報道されれば一日で値打ちが落ちる。それゆえにそれを報ずる新聞は「生鮮食品」ともいわれる。そしてニュース・情報は近代以降、暮らし、社会生活に欠かせない「食物」になった。

 その扱い方と料理法、つまり情報の取材と編集、配信は技術進歩によって変わった。しかしニュースへの需要は高まりこそすれ、減少、消滅することは考えられない。ではその時代の「食物」を扱い強力なビジネスモデルだった新聞業界が、なぜ衰退しつつあるのか。

 OBとしての反省をしたうえ結論を先に言ってしまえば、その衰退の要因はひとえに新聞社内部の人間たちが自己のビジネスモデルをしっかり把握しなかったこと。そして時代に合わせてその事業モデルの改造、改革を怠ったことにある。

 少し具体的に言えば、新聞というビジネスモデルは大きな収益性と可能性を持ったものだった。ただ業界内部の人間たちがその可能性に気づかず、時代に応じた変革と再生の機会を見送ったことに衰退の最大の要因があると思う。

 後で詳しく説明するが、それは大企業になってしまったゆえに目前の変革に対応できない、一種のイノベーションのジレンマが起きていたといってもいい。下世話な物言いをすれば、新聞社はブランドもあり儲かりすぎたために、ハングリーさ、危機感を失っていたのだといえる。

事業領域の見落としと3つの失敗

 時代とその市場環境への適応ミス、機会喪失にはいろいろある。ここではその失敗の根幹を事業領域=事業ドメインの見落としにあるとし、その要因を3点指摘し、説明をしてみたい。

 3つとは以下の項目の失敗になる

1.新聞モデルの強みである宅配網、ラストワンマイルの軽視

2.求人広告の可能性を見通せなかった

3.紙による情報のポータルサイトという見方ができなかった

事業領域=ドメインの見落とし

 まず前段として、各項目に共通するのはその失敗の背景に自己の事業領域=ドメインをその時々に把握できなかったことがある。

 この「事業ドメイン」の説明には、19世紀後半から一世風靡した米国の大陸間鉄道会社がよく例示される。
 鉄道会社が自社の事業を鉄道と限定せず、輸送事業と把握していたら、その圧倒的な資金力とブランドで自動車や航空機事業をも支配していたはずだ。
 こう説いた元ハーバード・ビジネス・スクール教授、セオドア・レビットは、ハリウッドの映画事業会社も、自らの仕事をエンターテインメント事業としていれば、その後隆盛を迎えるラジオ、テレビ、テーマパークなどに転進できたはずだと指摘した。

 双方とも自社の事業領域、事業ドメインを狭くとらえてしまっていたのだ。彼はこれをマーケティング近視眼とも比喩した。

 事業ドメインの要素は、「誰に」「どんな価値(商品)を」「どのように提供するか」だ。新聞事業に当てはめれば、「市民に」、「ニュース(情報)」をという前二者には変化はないが、その最後の「どのように提供するか」が時代とともに大きく変わりつつあるのだ。

 新聞社がこれまで提供してきた媒体は新聞紙という紙だった。それゆえに印刷、輸送、配達というハードな生産、物流体制が必要だった。そしてそれには大きな設備投資を必要とした。

 輪転機は1セット数十億円もする。それを全国紙ともなれば各地に印刷工場を置くので数十、数百セットにもなる。また80年代以降急速に進んだ、印刷活字の組み版、原稿の集配信、そして編集システムも数十億から百億単位の投資を必要とした。
 しかしいったんそのシステムが完成すれば、商品の生産から配達まで一気通貫で支配するという極めて強力なビジネスモデルとなる。莫大なコストと時間をかけて完成させた装置産業は、外部からの参入障壁も高く、それゆえに一世紀を超える繁栄を謳歌することができたのだ。
 

 しかしそのモデルの強固さが、逆に内部の油断、ゆるみを生み、自らの事業業態、ドメインの検証を怠らせた。

以下3つの失敗を検討するが、それぞれのミスを生む土壌としてドメインの見落としがある。

失敗1.宅配網 ラストワンマイルの見落とし

 新聞の宅配を考える時、忘れられない話がある。ある販売局幹部が酒席で語ったものだ。
「宅急便のヤマトが創業間もないころ、配達を手伝ってくれないか、といってきた。しかし新聞は配達に遅れないよう毎日1分を争う商売をしている、他のことはやってられんと断った」
 話を聞いたのはもう20年余り前のことだ。話の真偽を確かめはしていない。しかしその可能性はあり得る話だったと、今になっても覚えている。

 新聞社の全国紙は、最盛期自社の新聞だけを扱う専売店と地元紙などもともに配達する合売店を含め、5000店以上の販売店網を持っていた。しかも毎日、配送をこなしている。これから宅配を目指す運送業が、その集配窓口などの提携先として新聞社を狙うのは当然でもあったろう。

 物流の分野では、商品・サービスが顧客に達する最後の区間、物流の最終拠点から顧客に届けられる最後の区間をラストワンマイルという。そしてこの最終区間を制する者が、生産から顧客までの流通ネットの覇権を握るともいえる。

 届け先が膨大かつ広域で、しかも配達時間の一定化が難しい。それゆえに簡単にシステム化や集配ネットワークを組めないのがこのラストワンマイルの最大の課題だ。

 そして半世紀も前から、このラストワンマイルをかなりのレベルで実現していたのが新聞業界なのだ。しかしその配達網の潜在的な可能性に気づかず、新聞各社は大きなビジネスチャンスを見送った。
 

 今、国内の売り上げが1兆3千億円を超えたアマゾンなど、物販系のネット販売が急成長を続けている。この販売物流の最終区間を支えているのが宅配サービスだ。取り扱い数は年間40億個(平成28年度)を超え、人手不足と過重労働が今業界の最大の課題になっている。

 そのような急速に拡大する市場のトップを占めるのがヤマト運輸だ。

  同社の2代目社長の小倉昌男氏が宅急便を企画、開業したのが1976年だった。
関東で始めた宅配事業の手ごたえを感じ、全国展開をもくろんだヤマト運輸にとって、最初の課題は、顧客からの荷物を受け付ける窓口であり、自社の配達網を補う戸別配達業者だったはずだ。

 いまその窓口として大きな存在になっているのが、コンビニエンスストアだが、セブンイレブンがその1号店をオープンしたのが2年前の1974年。10年後でもコンビニの店舗数は6千店をやっと超えるペースであり、70年代にはまだどのコンビニ業者も宅急便の全国展開に対応する店舗を持っておらず、ましてや戸別配達のルートはなかった。

 冒頭の話のように、創業当時、ヤマトが提携対象として検討し相手に新聞販売店が含まれていた可能性は高い。新聞販売店の70年代の店舗数が確認できないが、記録のある2001年で2万1千店を超えており、まだ新聞が部数増を続けていた70年代には25000店近くあったのではないか。

 新聞社は、この当時から毎日定時の新聞配送のネットワークを持っていた。都市部では朝夕刊の2便。朝刊は午前零時前後の極めて走行しやすい時間帯に、東京や大阪、福岡、名古屋など本・支社と印刷工場のある大都市圏から地方の市町村まで毎日多数のトラック便を走らせていたのだ。

 このトラック便だが、どの新聞各社もつい最近まで自社の新聞しか運ばない単独輸送が大半だった。それゆえ積載率などほとんど考えていなかったのが実情だった。部数の少ない新聞社は、ガラガラの荷台でもそのまま毎日走行させていた、そしてさらに帰りはカラの荷台での戻り。これを連日、全国レベルで続けていたのだ。
 たとえ配達時満載でも、帰りがカラの荷台であれば平均積載率は半分以下。しかもこんな非常識な非効率を続けていたのがつい最近までの新聞業界なのだ。

  信頼のラストワンマイル

 さらにこの新聞のラストワンマイルは、「信頼配達」ともいえる大変値打ちのある最終区間でモあった。

 70年代初め、当方が新人記者として或る地方の支局に赴任した時、歓迎会を開いてくれたのは地元の販売店主さんだった。店主さんはその地域の議会の議長まで経験した有力者「だんさん」だった。

 昭和の敗戦から急速に部数を増やした全国紙、地方紙は、地域販売店主に地元の有力者、企業家を選んだ。いわば名望家の経営ゆえに、〇〇新聞社販売店、というより、誰々さんの販売店、新聞店と呼ばれるところが多かった。つまり信頼性、地域のブランドがその販売サービスを裏打ちしていたのだ。

 信頼のラストワマイル。これは今のコンビニ、宅配業者でもなかなか築きえない貴重なサービスである。

 もしこのルートで、モノを売る、あるいはサービスを提供すれば、その信頼、ブランドがその商品にも付加されるはずだ。

 地方の新聞店は、大方が交通の便のいい街の中心に近い場所に置かれていた。主要道を毎日走ってくるトラック便からの荷受けに都合がよく、かつ新聞を個別配達しやすい所を選んだためだ。

 しかもその店を使うのは、夕刊のある都市部では早朝と夕方だが、地方では日中折込チラシの準備に使われるぐらいで、利用されない時間帯が多いのだ。

 話は少しそれるが、衰退の一途をたどる地方の商店街で、唯一といってもいいほど無難な経営を続けられたのが販売店でもあった。当方が支局長をしていた近畿の地方都市では、かなりの店主さんが寂れた「シャッター街」をベンツなど高級車で走っていた。

 新聞販売店は、新聞紙が毎日定時で届けられるために、商店にとって最大の課題でもある仕入れと在庫管理が要らない。必要なものは従業員の労務管理と顧客管理で、しかも集金は大半が現金、日銭が入る。一定の販売部数さえ維持できれば、極めて楽な店舗経営になるのだ。

 今老齢化の進む社会で、買い出しがしづらい人々への個別配送やサービス提供がより求められている。

 もし新聞販売店が、店舗を活用し信頼の配達網を利用するラストワンマイルビジネを考えたら、新たな地域のサービス拠点というブルーオーシャンのパイオニアに生まれ変わっていたかもしれない。

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※注1
 
なぜ部数と売上で調査期間が違うのか。協会でも加入新聞各社の経営数値をなかなか把握できない状況がうかがえる。
 業界で唯一ともいえる共同組織、一般社団法人日本新聞協会は、もともと業界の「倫理の向上」を目指したものであり、新聞事業の経営分析、調査は編集分野に比べ大きく遅れている。これは新聞業界の営業部門軽視の風潮の象徴でもある。有価証券報告をしている参加社が少なく、協会でさえ経営、営業実態を把握できないのが現状なのだろう。
 新聞の販売事業における状況は最近出版物もあるが、他の広告、企画事業などを合わせた新聞社総体の事業実態を押さえた資料は極めて少ない。新聞社は情報の公開を叫ぶが、自らの経営・営業実態については一部を除き、極めて閉鎖性が高い。

※注2
 地域のサービス拠点として先進的な成功を収めていた販売店を視察したことがある。紹介してくれたのは当時クレディセゾンの幹部で、百貨店なども経験した販売物流のプロだった。
 20年近い前のことで、アバウトは説明になるが、その全国紙販売店は複数店舗を経営し3000部以上を仕切っておられた。特徴は店主さん自らが作った顧客管理システムだった。
 さらにパートの女性5人ほどを使い、読者に定期的に電話をし、新聞配達の遅れはないかから始まっていろいろな相談まで受け付けていた。読者は数か月間隔の定期コールを受ける。やり取りは記録され、読者情報が蓄積される。こどもの誕生祝いまで声掛けできる。読者と店との信頼のパイプが築かれていた。

 驚いたのは地域で家電量販店などがセールを行う場合、このお店コールを通じて呼びかけると顧客動員力が2,30パーセントも高まっているということだった。

 新聞販売店の信頼配送網は、商品やサービス販売で高い収益性を約束すると教えていただいた。「本社にあおられての部数拡張をこれ以上続けたくない。拡張コストを考えると収益効率が悪い。お客との信頼パイプを利用して新しいサービスを築いていきたい」。こう語った店主さんの言葉が、新聞販売店の将来の可能性を示唆していた。

この項続く