調査報道とフェイクニュース その1

調査報道には機密リークとカネが要る
そして肝心な記者の取材力は?

 ワシントン・ポストの記者コスト
 ワシントン・ポストの社主キャサリン・グラハムを主役にした新作映画「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」を観た。監督スティーヴン・スピルバーグが、それまで手掛けていた他の作品も置いてこの映画を先に完成させたという。気に入らないマスコミをフェイクニュースとして攻撃するトランプ大統領への批判が、そこにある。

 スピルバーグがこの映画で今一度注目させたかったのが、権力を監視する新聞をはじめとする報道の存在の重さだったと思う。そしてそのコアは調査報道だ。しかし今、フェイクユースの氾濫と調査報道の衰退が世界的な趨勢ではないか。こう危惧するのは当方だけでないはずだ。かつて取材の現場を経験した者として、内側から見た調査報道の実像、難しさを書き記してみたい。

 キャサリンを演じたメリル・ストリープのほか、ワシントンポスト編集主幹ベン・ブラッドリー役がトム・ハンクスだった。スピルバーグ監督を含めアカデミー賞受賞のベテランで固めたこの作品は、演技、映像とも見応えがあった。
 その中で、当方が思わず映画館の暗闇の中でメモをしたのがメリル・ストリープ、つまりキャサリン・グラハム社主のつぶやきだった。

 優秀な記者を引き抜きたいと、グラハムとブラッドリーが話し合うのだが、そこでゲラハムがこうもらす。「300万ドルあれば25人の記者が雇えるわね」。

 再現されたこの場はニューヨークタイムズがペンタゴン・ペーパーズをスクープした1971年6月の直前のはずである。同年8月ニクソンショックがあり、それまで1ドル360円の固定相場だった為替レートが年末は320円台まで落ち、その後下降の一途になる。しかしキャサリンの発言当時は1ドル360円弱のはずだ。となると300万ドルとはざっと10億8千万円。記者一人の雇用に4320万円かかると社主は計算したのだ。
 当時、ワシントンポストはまだローカル紙だが、その評価は高まりつつあり、他紙に比べれば記者職は高給を得ていたはずである。給与のほかの福利厚生や記者の取材費、活動資金を顧慮すれば、記者一人当たりの会社負担はそれ位の額になるかもしれない。とにかく取材の質を上げるには、カネがかかる。このやり取りに、当方は大いに納得した。

 巷のジャーナリズム論議では、すぐ調査報道の必要性やあり方が対象になる。 しかしその調査報道が成立するには、まさにキャサリン・グラハムのいうカネが前提になるのだ。そして調査報道はコストと同時に、下手をすれば会社を崩壊しかねないリスクも伴う。

 映画でも紹介されているが、ペンタゴン・ペーパーズをスクープしたニューヨークタイムズは、ニクソンによって国家機密の情報漏えいを犯したとして刊行の差し止め請求を提訴される。

 ワシントンポストが後追い報道をすれば、国家機密漏えいの共謀として刑事訴追を受ける危険性は大きい。経営基盤の安定のために、当時まだ株式上場をしたばかりのワシントンポストだった。グラハム社主は、取締役、金融機関、そして顧問弁護士からも掲載の取りやめを示唆される。しかし映画ではグラハムはこんな言葉を残し掲載を決断する。「自由で制限のない報道という存在が唯一、政府がついた嘘や欺瞞を効果的に暴くことができる」。

 金食い虫のスクープ

 話を国内に移す。
 調査報道という視点を国内に向けてみる。現場といってもささやかなものだが、著者はかつてその一端に属したことがある。その分野に居た者として「調査報道」のモデルとして思い浮かべるのは、朝日新聞のリクルート報道と今回の森友・加計学園報道だ。

 1988年に朝日がスクープしたリクルート事件報道は、もう大方の記憶の彼方のニュースだと思う。われらブンヤ稼業をしていたものは、当時この調査報道の端緒を作ったのが、朝日新聞の横浜支局だったことに驚いた。支局はいわば新聞社の新入り記者養成所で、ベテラン事件記者はほとんどいない。

 江副浩正クルート社元会長が撒いたリクルートコスモスの未公開株に絡み、川崎市助役に収賄の疑いのあることを公にしたスクープだった。まだ事件取材に慣れない支局員を采配し、本社事件記者顔負けの取材力を発揮させたのが、当時の山本博支局次長だった。やがて本社記者も動員し、政界、財界、マスコミのトップクラスの疑惑を次々に明らかにした朝日新聞だったが、なぜか新聞業界トップの顕彰制度である日本新聞協会賞が取れなかった。

 この背景には競合他社の牽制があったが、これはまたの機会にする。朝日新聞内部そして過去の経過を知るものは、今回こそ調査報道の典型としての協会賞受賞を期待するだろう。

 この森友学園問題は、国有地売却の疑惑を解くために豊中市議が情報公開を求めて問題提起をし、それにこたえるように問題点を取材報道したのが2017年2月の朝日新聞紙面だとも言われている。おそらく同社大阪社会部が担当し、18年3月の財務省文書改竄のスクープまで、何十人もの朝日新聞記者が関与しているはずである。
 このような長期取材が必要な取材対象については、専従チームが組まれるはずだ。先ほど数十人と書いたが、そのうち継続担当する専従記者は、経済的にも人的にも余裕のある朝日新聞社でも10人以内ではないだろうか。

 冒頭の記者の雇用コストに話が戻るが、米国ほどの高給ではないといえ、国内では最高ランクの報酬体系の朝日新聞社の記者を仮に10人、1年間専従させるには、恐らく人件費だけで1億数千万円、それに取材費を加え、さらに会社としての福利厚生費などを計算すれば2億円近くかかるのではないか。そこに応援部隊もいれれば数億円をかけた総経費がいるはずである。

 調査報道は金食い虫で、マスコミ経営の足しにはならない。これが当方のささやかな実感でもある。

 ある疑惑事件で、デスクだった当方含め6人の取材チームを組んで4か月余り取材を続けたことがある。この経費計算は、カネがかかり過ぎるという編集総務長への弁明、担当記者連中への注意のために始めた。

 関係者の自宅の夜回りや朝駆け取材、それに出張取材も加えた経費をまとめ、それに6人の期間中の人件費を加え、掲載された原稿の文字数で計算してみた。いまから四半世紀余り前の話だが、新聞の1文字について約3千円、つまり13字1行の新聞では、記事の1行当たりの取材コストで4万円近く。ちなみに、一人当たりのひと月のタクシー代が40万台から80万円台と最大の経費だった。

 現場記者は取材と執筆で極端な睡眠不足になる。取材先への行きかえり、また対象者の帰宅待ちのタクシー内が記者にとり貴重な睡眠スペースになる。疲労しきったスタッフの顔を見ると、使い過ぎと文句も言えなかった。

 本来は会社の負担する福利厚生、固定費などの担当記者分担金も加えなければならず、掲載原稿量当たりの総コスト1行4万円を超えていただろう。
いわゆる調査報道がいかに金食い虫であるか、少しはわかっていただけると思う。

 そして悲しいことに調査報道のスクープで部数が大幅に増えたという話は聞かない。長年新聞社にいて、特ダネで部数は何万部も増えました、とは聞いたことがない。特ダネと販売購読部数の相関関係を調べた販売局もないはずだ。

 ゆえに調査報道の拡大は、経営基盤の安定しない新聞社のボードにとって必ずしも歓迎するものではない、というのが定説だった。

 テレビ局も同様に、ニュース報道取材はカネがかかるばかりとの嘆きを、役員から幾度も聞いたことがある。
要は、現状では報道機関に経済的な余裕がなければ、インパクトのある組織的な調査報道はほとんど不可能なのだ。

 この項続く

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