自立した老いとは 恩師の書簡から       その11

 平成16年(04年)1月9日     加藤盛夫さん 94歳

 病院でいつものように診察を受け薬をもらって戻ると、郵便受けに素晴らしい薬師寺東塔の絵(※原田さんの絵葉書)が待っていてくれました。
 新年最高のプレゼントです。薬師寺、唐招提寺の西の京は、戦後のまだ若かった私に仏像や仏閣の美しさを最初に教えてくれた所です。

 会津八一さんの南京新唱の歌集や和辻哲郎先生の「大和古寺巡礼」の文章を読みふけったのも西の京の寺や仏像にめぐり会ってからです。薬師寺の建物の、あの独特の構成を「波にゆれる竜宮城のイメージ」とか「凍れる音楽」という素晴らしい表現で教えられたのも驚きでした。

 戦後まだそれほど遠くない時でしたから、今日のように東西両塔や大講の並ぶ薬師寺ではなくて、参詣人の人影も無く、東塔だけが高くそびえ、西塔心柱の礎石の穴のたまり水に東塔の姿が浮かんでいました。そのあたりに寝転んで、飛鳥の昔を偲ぶことの出来た遠い思い出は、私の宝物です。

 唐招提寺の境内なども草茫々の有様でしたが、あの雄大な講堂の建物を仰いだ時は、ほんとうに心をうたれたものです。ギリシャ建築のエンタシス構造に似ている列柱だと教えて下さった師範学校の歴史の先生は、薬師寺の金堂仏像は世界最美のブロンズ像だとも教えて下さいました。その時の思い出が今もまざまざと心に浮かんで来ます。

   蛇足ですが心に残る短歌二つ三つ記します。
 
      (佐々木信綱)
 秋さむき唐招提寺鵄尾の上に夕日うすれて山鳩の鳴く
(秋さむき唐招提寺の鴟尾の上に夕日は照りぬ山鳩の鳴く)

ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一ひらの雲

  (会津八一)
  しぐれふる のずえ(ゑ)のむらの このまより 
                                                             みいでてうれし やくしじのたふ
 
  すいえんの あまつをとめが ころもでの
                                                             ひまにもすめる あきのそらかな

 あらしふく ふるきみやこの なかぞらの 
                                                              いりひのくもに もゆるたふかな

  (与謝野晶子)
 劫初より つくりいとなむ殿堂に われも黄金の釘一つ打つ
(この歌は西の京の寺を歌ったものではないと思いますが、私は薬師寺や唐招提寺を思うたびにこの歌が心に浮かびます)

 

   この頃視力がおかしくなり乱筆甚だしく、読みづらいことと存じますがお許しください。

  今日はこんな手紙を書きましたので絵はありません。足が弱り、どこへも行けず残念ですが、これが年をとること、グチは言わぬようにと自分を慰めております。
 こんな便りが書けるだけでも幸せと感謝しています。いただいた絵は早速額に入れて座右に置きます。 万謝

                一月九日
                            加藤 盛夫
   原田 雅司 様

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 加藤さんが原田さんに送った葉書です。表の上段のメモ (H5)は(H15)
の間違いのようです。

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