新聞の再生のために その2

ネット時代の新聞に求めらるもの
速報からわかりやすさへ

 その1では、新聞における速報性からの脱却の難しさを考えてきた。
そのうえで、少し戻ってまず新聞に求められる情報の在り方、役割を振り返ってみる。

 新聞は専門的な情報を、一般市民に分かりやすく伝えるという役割を持つ。一つの専門的な事象、発見なりが、一般社会にどのような影響を与えるのか、わかりやすく伝えつつそこに一般社会から見た評価を加える。この役割がこれまでも新聞に期待され、担ってきた。

 記者が専門家になってしまっては、この一般社会から観るという視点、評価がなくなってしまう。専門用語で表現される事象の中に、一般読者にも関連する、関心が持てる要素を見いだし、それを平易な日常の用語で表現する。
 その為には先ほどから述べている対象への記者の深い理解が前提になる。それができて初めて新聞は専門と一般読者の橋渡し役になり、いわば「ものの見方」のアドバイス役となりえる。情報のコンシェルジュといってもいい。

 ただしこの「対象への深い理解」ということ一つでも課題は大きい。科学、医学部門に顕著だが、対象はますます拡大し、進化し、複雑化している。その対象への深い理解をした上で、一般読者に向けて何を報道すべきか、何が大切かを選択し、その余を省略する。今の記者たちは、このような高いハードルを課せられている。

池上流のわかりやすさ

 専門から一般読者への情報の橋渡しに欠かせないのが、記事の「わかりやすさ」だ。
 速報性から脱皮して、新聞はどのような取材対象を求めるのか、充実させるのか。そのうえでどうわかりやすく伝えるか。難しい課題だが、今テレビと出版、そして新聞紙面でも活躍している池上彰氏の解説、評論からそのヒントを探りたい。

 池上氏の解説、評論の特徴はその「わかりやすさ」にあるといわれている。1994年から10年余り、彼はNHKの週刊こどもニュースの編集長兼キャスターを務めた。政治、経済、科学など、専門用語や業界用語のあふれる世界を、どのようにして子供たちに理解させるか、納得させるか。長期間の番組制作、キャスター経験で彼は「わかりやすさ」の要諦を学び、体得したはずだ。そのポイントとはなんだったのか。

 ニュースの「わかりやすさ」とは別に池上氏の専売特許ではない。池上氏の登場以前から新聞各社もテレビ局もその標語を掲げながら実行を見過ごしてきた、というより十分実現できなかった。
 
 これまでどの新聞社も、その記者研修で「中学生程度の読者」を想定して書け、と指導してきたはずだ。中学生にもわかるように書け、とデスクは記者に指導するが、概括的過ぎて実践的な規準になってはいないのが実情だ。

 言葉だけでいえば、日本新聞協会はその新聞用語懇談会の編集による新聞用語集を刊行しており、新聞社と通信社はそれと同様な用語集を各自に定め、それをもとに記事を編集している。

 「わかりやすさ」とは確かにその記事などにつかう言葉に大きく影響される。専門用語や業界用語を一般の表現に言い換えるとことで、記事はある程度理解がしやすくなる。しかしいかにその「中学生にもわかる」用語で記事がまとめられていても、ニュースの「わかりにくさ」がすべて解消できるわけではない。

 ではわかりやすさに必要な条件は他に何があるのか。
 新聞における「わかりやすさ」については、業界内で標語に掲げられる割には本格的な研究も研修もほとんどされてこなかった。

 わかっていないことをわかる

 池上氏は初期の著作で、わかりやすさを実現するために、参考になるポイントを教えている。

「視聴者は何が分からないか、自分はわかっていないのだ。この『無知の知』を獲得することから始めなければ『わかりやすいニュース』と伝えることができない」。それに気づいてから、池上氏は「『視聴者はこのニュースのどこがわからないのだろうか』を常に考えるよう努力した」と記している。(「おしえて!ニュースの疑問点」)

 つまり何がわからないか、わからないから、ますますそのニュースは自分に関心のないものになってしまう。まず視聴者、読者に自分はどこがわからないか気づかせること、それにより関心を向けさせ、その理解できていないところを読者が理解できる言葉で説明をする。 その作業が視聴者に「わかりやすさ」を感じさせる。
 池上氏の言葉はこんなアドバイスになるだろうか。

 彼の視点は、ニュースそのものから、ニュースを見る視聴者の視点に移っている。これが池上氏のわかりやすさ、そして面白さを生み出す要素ひとつ、対象への新しい視点の提供だ。

 わかりやすさの前段として、まず視聴者のわからないことを掴む。そこに集中し、わかりやすい解説を加える。これを常に意識し実践することで、池上氏はこれまで視聴率がとれなかった政治や経済、外交そして宗教まで、ゴールデンタイムの番組に変貌させたのだ。

 少し具体例を挙げてみたい。
 国政選挙の開票日番組の司会はいまや彼の十八番にもなったが(※1)、以前の放映で彼が選挙の投票所を取り上げていた場面があった。
 記憶が定かではないが、各投票所の投票箱などの置き方などレイアウトが全国一律かどうかという視聴者へのクイズがあった。そして各投票所にいつも一番乗りする人々の紹介もあった。
 これまで新聞が投票所のレイアウトを解説し、あるいは投票所一番乗りに生きがいを持つ人を紹介した例を知らない。おそらく取材を考えもしなかったのだろう。
 しかし池上氏の解説で実際に紹介されると、そのレイアウトの理由や投票所一番乗りの人々のキャラクターが十分面白いニュースになっているのだ。

 一般に選挙報道はイコール投票、得票数であり、当選者紹介に、政党勢力の変化と、パターン化した取材しかしてこなかった。これらはいわば速報をベースにした情報だ。この部分でいえば、多くの要員と資金の豊富なNHKが圧倒的に有利だ。
 
 池上氏の選挙報道はテレビ東京であり、在京のテレビ局でいえば弱小勢力だ。要員も予算も少ない。その中で番組をどう差別化するか。池上氏と担当スタッフは、速報以外での差別化を考えた。それが先ほどのような従来の新聞やテレビの盲点を突いた番組だった。

 得票の速報取材から視点を移し、視聴者が経験する投票所を取材する。同じように投票に向かう一般有権者の一人に焦点を当てる。ここで読者、視聴者がその対象に親しみを持ち、身近な知る楽しみを味わう。対象への新たな視点をもとにしたユニークな選挙番組から学ぶことは多い。

 視聴者の身近にありながら知らないこと。そこに焦点を合わせ、わかりやすく解説、紹介する。それを実践した池上氏の番組、視点移動の手法は、新聞の速報からの脱皮に有益なヒントを与えている。

 専門記者とは

 新聞は、政治を主体とする総合面を第一面にし、経済、くらし、文化、スポーツ、事件事故、そして最終面のテレビ欄と、前世紀から続いた紙面展開を墨守している。その硬直性がまた記事展開のパターンを固定化し、出稿する記者のものの見方をも狭くしてしまっている。

 新聞業界では、複雑化する社会に対応するために専門記者の養成を急げ、とも言われている。先ほど記者の役割は、専門と一般の橋渡しだと記した。しかしなまじ専門記者となると、その多くが読者の興味を引くような面白くかつ有用な記事が書けなくなることを、著者も現場で多く目にしてきた。

 専門記者をめぐって、池上氏は自分の「NHKでの夢の挫折」として面白いエピソードを週刊朝日で紹介していた。
 2005年3月、池上氏はNHKを退職するが、もともとはNHKに残り、「生涯一ジャーナリストとして取材ができる」解説委員になることを希望していたという。
 ところがある日当時の解説委員長から「お前は解説委員希望ってずっと出し続けているけどダメだ、解説委員は専門分野を持っていなきゃいけない。お前には専門分野がないだろう」と言われ、望みを絶たれた、と自ら話している。
 
 この専門分野を持つNHK解説委員が登場している番組が、NHKの「時事公論」や「視点・論点」などだ。これらの番組が面白い、ためになるのでいつも観ている、という人物には出会ったことがない。専門記者の典型ともいえる味気ない内容だと、当方は思っている。それに比べ、政治から経済、外交、最近は宗教まで、「非専門記者」の池上氏の解説、評論がどれほど多くの人に受け入れられているのか。

 池上氏が解説委員になっていたら、同じNHKパターンになっていたかどうか。そう思いつつも専門性の難しさにまた気づくことがある。
 
 池上氏をある専門記者、評論家という人はいない。しかし彼が説明、解説する内容、レベルはそれぞれの専門家以上に視聴者に受け入れられている。視聴者の求める知的な欲求と、彼の解説、論評が適合しているのだ。

 情報収集にあたって彼は助手など使わず、新聞や資料を自ら読み通し、取材対象のあらゆる情報、最新の動向を押えていると彼から聞いたことがある。そのうえで奥行きのある知見をもとに、一般の人々の視線、視点にあった情報コンテンツをまとめている。専門家でないがゆえにその解説や論評に一般性、俯瞰があり、わかりやすい、ともいえる。
 池上解説にはわかりやすさとそれを裏打ちする視点の新しさ、視聴者への親しみを生み出す面白さがある。そして池上彰というキャラクターが語るゆえの親しみ、信頼性が、そのニュースをより身近に感じさせる効果を生んでいる。一種の信頼できる情報コンシェルジュの役割を池上氏が果たしているのだ。

 ここまでくると個人芸に近いが、池上氏が取材対象に向かう姿勢から、ネット時代の新聞を担う者が学ぶことは多い。読者・視聴者だけでなく記者も気づかないニュースが目の前にまだまだ埋もれているのだ。

(※1)
テレビ東京の池上氏の選挙特番は2010年の参院選挙から始まった。以後民放の中ではトップクラスの高視聴率を上げ、17年10月の総選挙も9.8%と在京キー局で首位の視聴率を記録した。

この項続く

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